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サッカー大好き小僧だったレスター岡崎慎司

台湾サッカー協会の黒田和生氏に聞く(上)

2016年7月19日(火)

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日本代表戦で帰国中に岡崎慎司選手(右)と久し振りに再会した黒田和生氏

 スペインのリーガ・エスパニョーラ、ドイツのブンデスリーガなどとともに、世界最高峰のサッカーリーグの1つであるイングランドのプレミアリーグ。マンチェスター・ユナイテッドやアーセナル、チェルシーなど人気も実力も兼ね備えるチームがひしめくプレミアリーグにおいて、2015-2016のシーズンを制したのは、レスター・シティという日本ではあまり馴染みのないチームであり、その優勝は「プレミア史上最大の番狂わせ」というメディアも少なくない。

 24万人が集まった歓喜の優勝パレードには、日本代表でも活躍する岡崎慎司の姿があった。38試合を戦ったシーズン中、36試合に出場した岡崎は、間違いなくチームの中心選手として優勝を勝ち取った。稲本潤一(現コンサドーレ札幌)、香川真司(現ドルトムント)に続く、日本人選手としては3人目となるプレミア制覇の快挙の影には、高校時代に彼を育てた一人の名将がいる。

 黒田和生。いまや、全国的にも「滝二」の呼称で知られる兵庫県の滝川第二高校サッカー部の監督に就任後、全国有数の強豪校として育てあげ、岡崎慎司や金崎夢生(鹿島アントラーズ)といった日本代表クラスの選手をJリーグに送り出した。黒田氏は滝川第二高校、ヴィッセル神戸での指導職を経て、2012年に台湾(チャイニーズ・タイペイ)に渡り、現在は台湾サッカー協会のユース育成統括兼U-13/U-18代表監督として、選手指導とコーチ養成に従事している。

 黒田氏に「世界のオカザキ」誕生秘話や、日本人が世界で戦うためのヒントを聞いた。

現在の職に就任された経緯を教えてください。

黒田:日本サッカー協会(JFA)が海外に指導者を派遣するという事業があります。アジアのサッカー協会から応募があるかと問いかけたところ、台湾がU-18男子チームの監督が一人欲しいという要請をしていたのです。そこで、応募しました。

自ら応募されたのですか?

黒田:はい。ほかにもブータンやシンガポールといった、いろいろなアジアの国がJFAに要請しています。現在、アジアでは10カ国くらいに派遣されています。

応募する動機は何だったのでしょうか?

黒田:ヴィッセル神戸に行く時は私も大きな決断でした。あの時は58歳でした。せいぜい60歳、定年ぐらいまで仕事をするのが普通と考えていたのですが、ちょっと強引に誘われたところもあり、58歳で滝川第二高校(滝二)を退職し、ヴィッセルに移りました。自分の中では「5年区切り」というのがあり、「5年とりあえずやろう、そうしたら次5年やろう」と決めていたのですが、ヴィッセルで5年経ったところで、ちょっと会社の方針がブレてきて、このままいても面白くないだろうなと感じるようになったのです。

そういう転機があったのですね。

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「サッカー大好き小僧だったレスター岡崎慎司」の著者

上野 直彦

上野 直彦(うえの・なおひこ)

スポーツライター

兵庫県生まれ。ロンドン在住の時にサッカーのプレミアリーグ化に直面しスポーツビジネスの記事を書く。女子サッカーやJリーグを長期取材している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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