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SUBARU吉永社長「EVでもとんがりたい」

「アイサイト」のヒットで販売台数を急拡大させた後の成長戦略

2017年9月28日(木)

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「安全」で生きていく

その後のスバルの快進撃は、どこにポイントがあったのでしょうか。

吉永:今のスバルの好調が始まったのは08年です。リーマンショックでほとんどのメーカーは販売が軒並み前年割れに落ち込む中、スバルは前年を下回りませんでした。背景にあったのが、米国におけるレガシィの躍進です。

 きっかけは前任の森(郁夫前社長)が『米国で勝負する』と言い出したこと。レガシィは日本でも評判の高いクルマでしたが、その全幅を広げて米国サイズにするというのです。国内営業出身の私は『日本でも売れているのにやめてほしい』と大反対。それでも、森がサイズを大きくすることを決断して、米国での販売が急速に伸び始めました。

 当時、スバルの米国での年間販売台数は18万7000台。17年度の販売計画が67万台ですから、ものすごく成長していることが分かります。

 米国でのレガシィの成功を次につなげなければならない。当時、その担い手だったのが私たちの世代でした。『全幅をもう一回、大きくしたってダメだよなぁ』なんて冗談も言いましたが、ものすごく悩みました。悩みに悩んで次にたどりついたのが『安全』です。

 それは『スバルとは何ぞや』と問い続けて出した結論でした。ご存じのように、スバルの前身は中島飛行機です。航空機は絶対に落ちてはいけない。乗る人の安全を守らなければならない。これは航空機を造る技術者にとって当たり前の考え方でした。

スバル車は安全運転支援の「アイサイト」搭載で先行した

 自分たちが持つ個性は、自分たちでは意外と気づかないものです。安全という視点でスバルの歴史をひもとくと、クルマがぶつかった時の安全性や、そもそもぶつからないクルマにするという設計思想が根強くあった。ぶつからないクルマを可能にする安全運転支援の『アイサイト』も他社に先駆けて販売していた。でも、当時の日本では極めて異例で、自動車業界では『安全は商売にならない』というのが通説でした。それでもやろう、安全に完全集中しようと決めたのです。

 10年に新バージョンのアイサイトを発売すると大ブレーク。ぶつかる前にピタッと止まる性能の高さもありますが、20万円だった価格を10万円にしたのも大きかった。

 きっかけは営業の言葉です。『安全性能に20万円は高すぎる。でもバンパーを変えるのに10万円くらいかかることを考えれば、同じくらいの金額なら払える。営業としても売り込みやすい』。それで10万円にしたんです。

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「SUBARU吉永社長「EVでもとんがりたい」」の著者

東 昌樹

東 昌樹(ひがし・まさき)

日経ビジネス編集長

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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