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SUBARU吉永社長「EVでもとんがりたい」

「アイサイト」のヒットで販売台数を急拡大させた後の成長戦略

2017年9月28日(木)

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2010年の「アイサイト」のヒットなどで販売台数が急拡大。今年、100万台を突破した。クルマの主流は今、エンジン車からEV(電気自動車)へと急速にシフトし始めている。EVを造っていないスバルは変化の時代を生き残れるのか。

日経ビジネス2017年7月24日号より転載

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

(写真=的野 弘路)
PROFILE

[よしなが・やすゆき]1954年東京生まれ。77年成蹊大学経済学部卒業後、富士重工業(現SUBARU)入社、2002年スバル戦略本部スバル企画室長。05年執行役員戦略本部副本部長。07年常務執行役員スバル国内営業本部長。09年取締役専務執行役員スバル国内営業本部長、11年代表取締役社長COO(最高執行責任者)、12年から現職。

私が空飛ぶクルマを「やっていい」と言ったら、
航空宇宙部門はその瞬間に始めてしまいそうです(笑)。

6月の株主総会で2人の専務が退任しました。その際に涙をこらえているように見えたと記者に聞きました。

吉永:そんな場面までよく見ていますね。武藤直人は1977年入社で私と同期、髙橋充は78年入社で2人とも私と同年代です。この10年間は彼らとのチームワークで経営してきたので、株主から退任の承認をもらう時は、どうしても胸に込み上げるものがありました。

 髙橋には財務を見てもらっていました。技術のみんなが『良いクルマを造りたい』とバンバン投資しようとすると、髙橋が厳しい顔でビシッと抑える。嫌われ役を買って出てくれていたのです。

 一方の武藤はエンジンの設計者。私も髙橋と同じで事務系ですから、設計図1枚読めません。そこをずっと武藤に支えてもらいました。

 私が2005年に執行役員になった時、武藤も含めて新しく執行役員になった4人でその日の夜、飲みに行ったのを覚えていますよ。そこで、『正しい方向に死ぬほど働いたら、会社は良くなるものか』という話になって。最後に『なら、死ぬほど働いて、良くなるかどうかやってみようぜ』と言って別れたことを今でも思い出します。

 当時はちょうど中期経営計画の途中でしたが、達成の見通しが立たずにボロボロの状態。『商品計画の再構築』を第一に掲げて中計を見直しました。その後、スバルは急激に販売を拡大してきました。数々の苦しみはありましたが、武藤も髙橋もその時代を一緒に生きてきた同志です。私にとっては、泣く泣くの退任となりました。

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「SUBARU吉永社長「EVでもとんがりたい」」の著者

東 昌樹

東 昌樹(ひがし・まさき)

日経ビジネス編集長

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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