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キーパーソンに聞く 誰もが予備軍、自分を虐待しゴミ屋敷に住む人々

いただいたコメント

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たいへん興味深く読んだ。日本国憲法の前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり…以下略」とある。国政に準ずるものとして地方自治があると私は考えるので,行政による福利は市民が享受することが当たり前だと私は考える。したがって,憲法13条と25条の条文からも,行政の積極的な関与が必要だろう。
 ただ,ここで,「個人の権利」としての「尊厳死」の問題もある。我々が憲法に込めた理想は表面的な豊かさだろうか。この記事は「心の自由」と「社会の一員としての責務」の間にある問題に触れている気がする。「ゴミ屋敷」が迷惑であり,「公共の福祉」に反していると思う。この対策は必要だ。しかし一方で,表面的な解決は根本的な解決にはならないことを記事は伝えている。「健康で文化的な生活」は誰もが保障されねばならないものだ。これを追求するのが役所の責務である以上,「心の自由」にタッチしていく必要が生じる。「個人の尊厳」,「プライバシー」にどこまで立ち入るかは高度な判断を要する問題だ。足立区の取り組みはその意味では野心的で,リスクを伴うもので,「行政の勇気」に敬意を表する。こうした取り組みがより広くおこなわレ,かつ,公開の場で「公明正大」に議論されることを期待する。そして,事例を積み,決心から確信へ,試行から決行へそして行政標準へと進めることで,「民主国家」「福祉国家」としての理想を現実化して行くことを希望する。そのためにも,こうした記事が積極的に上梓され続けることを希望します。頑張ってください。(2017/07/17)

この記事では、自ら望んでセルフレグレクトしている人、
病気によりセルフネグレクトになってしまった人、
のふた通りを示しているが、

そのほかに、なんらかの原因により意欲が低下して、
セルフネグレクトになった人が多いことを忘れてはならない。
この記事は、こうした場合を自己意思としているのだが、
それはどうかと思う。(2017/07/13)

>今から10年程前の40代前半で独身だった当時、アパートに住んで、家の中がゴミ屋敷になりました。私は普通の会社員ですが

私と同世代の方とお見受けしますが、同様のライフスタイルの私はゴミ屋敷にはなりませんでしたよ。時間が無くとも収入の有る勤め人ならば、お金を払えば割高ですが回収業者が整理・回収してくれます。それこそ土日の自分が寝ている傍らでもOK(笑)。
「分別が厳しいから」等は御自身の後ろめたさに対する言い訳であり(エアコンの不法投棄についても「俺の所為じゃない」匂いがします)、ゴミ屋敷化する人は高齢者なら認知症、若い方なら何らかの発達障害の疑いがあります。私の友人(同世代の単身生活者)が当にそうなのですが、家の中が全て1m以上の「地層」に覆われている惨状です。食品等腐るものを放置していないのが救いですが、「クリーニングから戻ってきたワイシャツが見つからないのでいつも新品を買っている」ような状態で地層がますます堆積しています。
奥様が何らかの違和感を感じているようでしたら、心療内科等への受診も一案かと思います。もし気分を害されたようなら済みません。(2017/07/13)

"いい子"でいることが、必ずしも国益にかなうことではないと思います。人権外交なとという浮世離れした政策は、軍事・経済でイニシアチブをとっている国であるからこそ採用できる手段ではないでしょうか。国際政治で限定的な影響力しかない小国のとる政策ではないと思います。
私にいわせれば、中国の民主化などと言う話題は日本の国益に関係ないです。民主化しようがしまいが、中国にとって中国は"中華"の国であり、対日政策が変わるとは思えません。「劉暁波?なにそれ?おいしいの?」と言う感じだと思っています。(2017/07/13)

私自身は「ほっとけばいいんじゃね?」と言う風に思うのです。
身近に認知症の者がおり、人の話を素直に聞かない"頑固さ"に辟易しています。身近なものでないとすれば絶対にかかわりたくないです。
しかし、もちろん『セルフネグレクトやゴミ屋敷問題は「人権」や「生きる権利」の問題であ』るわけで、専門家の方々や行政が対応されているだなと認識させる記事でした。(2017/07/13)

「誰もが予備軍」、まさにそう思います。私自身、家族の問題が原因で複雑性PTSDを患った後、まさにセルフ・ネグレクトに近い状態になりました。正確に書くと、PTSDがある程度治るまでは、治すことを目的に生きることが出来たので大丈夫だったのですが、ある程度治ってから、今度は生きる気力が湧いてこなくなり、長い間苦しみました。

私はクリスチャンですが、当時は教会に行っても浮いてしまって居場所を持てず、一時は信仰を捨てかけました。今は別の教会に移り、随分と落ち着いてきましたが、事情があって家族に頼れない人は、年齢に関わらず、こうした問題を抱えやすいだろうと思います。孤立化が進む現代社会において、セルフ・ネグレクトになる人は、今後ますます増えていくだろうと懸念しています。(2017/07/13)

いろいろ原因を挙げているが、実は一番大きいのは最後に付け足し程度に書かれたゴミの出し方の気がする。複雑になり対応できない人が増えている。しかも複雑にした原因は温暖化対策を隠れ蓑にした利権。もっと社会問題化してほしい。(2017/07/12)

長文の方へ

> だから、公的サービスには、余計なお世話をして欲しくない。
> だって、公務員の人件費は、他人様が必死に働いて納める血税から出ているのだから。
> 私なんかのために、税金を使わなくていいんです。

考え方の問題なのですが、こういう人にために税金を使っ(てある程度のお世話をし)たほうが、
社会コストをトータルで見た場合にむしろ「安上がり」になる可能性があります。

実際に試算したわけではなく、直感ではありますが、
これは、実際にそういうような人を看取って、
後の片付けをほとんど全部やることになった人間の率直な印象です。
(ただし、私がなんらかのコストを負担したからそう言っている、というわけではありません。念のため)


とはいえ、「だからお世話を受けるべきだ」というつもりはありません。
そのへんはお好きなように。(2017/07/12)

うーん、この記事は何かセンセーショナルな採り上げ方をして社会問題化しようという意図が感じられるのだけれども、私はもっと単純な肉体的要因によるところが大きいと思うのですがいかがでしょう。
両親の介護を通じて分かったのは、日常の家事も健康な身体あってこそ。特に老人は少しでも調子の良くないところが出ると途端に身体能力は低下、何も出来なくなります。食事の支度にも不自由すると栄養状態も悪くなり、転びやすくなる。2階への階段や玄関先の階段の昇降が覚束なくなると、布団も干せないでカビ臭く、ゴミも収集所に出せなくなる。やがてその行き着く先はゴミ屋敷です。ある時ハエがいたのでもしやと床下や戸棚の奥を覗いたら、放置されていた食材に蛆がたかりビックリ仰天、こんなことは日常茶飯事です。
週1回の訪問の我が家でさえこうでしたから、独居老人がゴミ屋敷になるのは自然なことと言えましょう。(2017/07/12)

少し主旨がずれるかも知れませんが、今から10年程前の40代前半で独身だった当時、アパートに住んで、家の中がゴミ屋敷になりました。私は普通の会社員ですが、平日に朝9時から終電まで働き、管理職になって更に業務が増え、土日は疲れてほぼ終日寝ている。そんな時に、ゴミの分別が細分化されました。それまで燃やすゴミ、不燃物程度だったのが、燃やすゴミ、容器包装プラスチックゴミ、不燃物、古紙等再生ゴミ等に分かれて、モノによっては隔週になり、捨て忘れたり、海外出張が重なったりして、とても単身者世帯では対応できない話になり、ゴミ屋敷になりました。十数年前に通販購入した窓取付型のエアコンが壊れても、購入先なんか覚えてないし、どこも引き取らないので、深夜にどこかに不法投棄しに行った経験があります。

生活の優先順位は、仕事、食事、睡眠時間、洗濯、そして最後に余裕があれば掃除とゴミ廃棄。仕事の忙しい単身者なら、ゴミ屋敷化はかんたんです。結婚して家内と分担するようになって、ゴミ屋敷から解放されました。

現在の社会システムは、パートナーの何れかが専業主婦(或いは主夫)をモデルケースとしてますが、実態に合ってるでしょうか?社会システムと現実のずれ、そして、リサイクル社会の方向性がゴミ屋敷を助長してないでしょうか?(2017/07/12)

意外と批判的なご意見が多いのに驚いています。
ゴミの向こうにいる「人」をちゃんと見ている、
という点で私はこの記事に共感しました。
ゴミを出すのは人なんですよね。
だから当人と話し、しかるべきシステムにつなげるのは真っ当な対応と思います。
ボランティアレベルでもこのような活動はあると思いますが、
もっと関心を持って良いのではないかと思います。(2017/07/12)

元配偶者が記事に近い環境で過ごしていました。
依存症持ちで、自分自身の面倒を見ることができない、という状況。
布団だけが横になれる空間で、それ以外は獣道みたいな人が一人通れる空間しかない、という感じでした。
私が面倒を見続けることは無理だし、どうみても、施設なりに入所するなどして面倒を見てもらいながら自立できるよう訓練をする必要があると感じ、それを促し続けたのですが、本人からするとそれは「自由を奪われる」とみなすようで、断固拒否。
「自由を奪われる」といっても、依存症からの衝動に縛られ、自由に生きているといえる状況にはなかったのですが、本人には回復の先にある本来の自由を得るための治療より、何もしないで衝動に突き動かされているほうが自由なのだと倒錯してしまっていました。

結局、そんな環境で一人倒れそのまま亡くなりました。
糖尿病持ちで、一度倒れて緊急入院したこともあるのですが、最後はインスリンをちゃんと打っていなかったようです。

ゴミの割合は多くはないのですが、とにかく荷物が多く、後片付けが大変でした。(2017/07/12)

続きです。

だから、公的サービスには、余計なお世話をして欲しくない。
だって、公務員の人件費は、他人様が必死に働いて納める血税から出ているのだから。
私なんかのために、税金を使わなくていいんです。
私は、生活保護を下回る生活水準に満足しています。
レジ忘れの問題を別にすれば、困っていません。
いよいよ、レジを通すのが困難になってきたら、顔見知りのレジの人に、
「私がレジを忘れて出て行かないか、申し訳ないけど見ておいて。それか、レジを忘れてお店を出て行きにくい配置にして欲しい」
と、頼むつもりです。
若い人では珍しくとも、高齢者の増加に伴い、レジを忘れる客は、今後、増えていくと思われますので、レジを忘れにくい配置に変更する意味は、かなり、あると思っています。

そして、今は必要なくとも、支援が必要になれば、支援を求めることはあり得ますので、
その時に、助けを求めた時に、助けて欲しいのです。
命の前に理性を失ったら、何をするか、わからないから。
いよいよ、私の頭がおかしくなって、他人様に致命的な迷惑をかけそうになった時には、助けて欲しいのです。
私よりも、私と同じ地域に暮らす人々を。

ですから、助ける方法としては、現状では生活保護ということになりそうですが、
私としては、尊厳死の方が現実的だと思います。
生活保護や年金、健康保険は、少子高齢化社会においては、納税者の負担が重すぎると思います。
若い人達の暮らしを貧しくしてまで、寿命の尽きた人間の延命をはかる日本の福祉は異常だと思います。

私が人間であるうちに、獣になる前に、天寿をまっとうさせて頂ければ、それでいいのです。(2017/07/12)

私はもう、疲れてしまったのです。
余裕のない社会において、優秀な人間は妬まれます。
ある方面には人並み外れて優秀で、別の方面には致命的な欠陥を持つ人間など、周りにとっては陥れる動機とネタの両方がそろった、かっこうの集団リンチのターゲットです。

だから、私は、他人が怖い。

現在は専業FXトレーダーとして、負けたら死ぬつもりで、他人と関わらずに生きています。
セルフネグレクトは緩慢な自殺、そうかもしれません。
だけど、私にとっては、今の生き方の先にある死は、ただの寿命に過ぎません。
自然界の動物は、自分のエサを自分で獲れなくなったら寿命ですよね。

いろいろ、やりきれないから、セルフネグレクトと呼ばれる環境下で生きているけれど、
人並みの暮らし、人並みの幸福、人並みの寿命を当たり前と思わなければ、
私にとって、セルフネグレクトの現状は、
自分に見合った暮らし、自分に見合った幸福、自分に見合った寿命に過ぎない。
自分の力で組み立てられる暮らしに、私は満足しているのです。記事内で、困ってないと答えた方々も、私と同じなのではないかと思います。

平均より、だいぶ、短い一生に終わると思います。
だけど、長く生きることが幸福だとは思いません。
私の不幸は、むしろ、他人の足手まといになるばかりで、なかなか、他人を助けてあげられないことです。
恩返しができないからこそ、せめて、なるべく負担になりたくないのです。

続きます。(2017/07/12)

一番最初のコメントをした者です。
長くなってしまったので、ご迷惑でしたら、掲載して頂かなくて構いません。
ただ、セルフネグレクトの当事者の意見なので、参考になるかもしれないと思い。


「一番最初のコメントを見て」の件、
「学校でプールがあった日も、水着を持って帰ってくるのがとても難しい」
まさに、私もそれでした。
ランドセルを忘れて学校に行ったこともあるし、真面目な性格だったので、忘れ物をしないようにと神経をすり減らすように頑張っていたけれど、クラスで一番、忘れ物をする子供でした。
努力では、どうにもできないナニカが小学生の頃からあり、今となっては、
「私は今日、食事をしただろうか」「買い物に行っただろうか」「お風呂に入っただろうか」
そんなことすら、覚えていられません。
ですが、そんなことは、たいしたことではないのです。
自分のことなら、「必要に迫られた時だけ、するようにする」ことで、覚えていられなくても、なんとかなります。

私が一番怖いのは、「レジを通すのを忘れる」ことです。
やってしまったら窃盗です。

もっとも、私は発達障害どころか、国立大学を優ばかりの成績で卒業したくらい、「考える力」の方に秀でた人間です。(数学科です)
それもまた、「覚えていられない」と言っても、「努力が足りない」とか、「やる気がない」とか怒られ、責め立てられるばかりで、「覚える力」の方に障害があることを理解してもらえないという事態を招くばかりでした。

続きます。(2017/07/12)

 結局、一方的な評価を簡単に口にする連中がいる間はこの状態が続くだろうな。「…こんな奴はダメだ。」「…なんでこんなことをするんだ…」とか、いってみればみんな「オイコラ警察」みたいに、眦を決して正そうとした結果でしょう。正しさのなんたるかも知らずに。
 マスコミもおんなじ。ただ事件や事故を煽り責任者を引きずり出し、そして検証もなしに「土下座しろ」と喚き立てる。
 こんな世の中にいれば、ネグレクトしたくもなろうというもの。(2017/07/11)

お優しい事です。
私個人は一人の大人なのだから、社会のルール(法)で地域への著しい悪影響がある場合は
規制して逮捕するなり処罰するべきかと思います(法はそもそも秩序を守るためにある)

謎のカタカナ語でこれは人権だ。自治体で守るべきだ
と言われても到底理解できない。

社会に出て十何年程ずっと思っている事ですが、学校よりも緊張しないしルールが緩いです。
ルールに従っていれば、窓際で遊んでいても、タイムカード押すためだけに来て日中寝ててもお金が得られるのですから。(2017/07/11)

自己放棄という訳語には反対します。自己放棄という言葉から、"self-neglect"と訳す人はいないでしょう。"self-abandonment"あたりを想起させるのかと。日本語で表したいならこなれてないけどシンプルに「自己無視」が一番いいと思う。(2017/07/11)

一番最初のコメントを見て、うちの発達障害の息子を連想しました。
彼も、やらなきゃいけないことを「覚えていられない」とよく言います。
学校でプールがあった日も、水着を持って帰ってくるのがとても難しいようです。
プールが終わった直後には、もう自分が水着を着ていたことを忘れているためでしょう。
学校への提出物は、ランドセルの中で何週間も出されずにいます。毎朝注意はしていますが。
また、暑い部屋や暗い部屋にいても、窓を開けたり照明をつけたりすることは思いつかないようです。
「暑いな」「暗いな」という感覚はあるのですが、そのための具体的な解決手段は、誰かに言われない限り、自分では全く思いつかないと言っていました。
セルフネグレクトの多くに、発達障害が背景にあるという可能性はないでしょうか。
まぁ、それが分かったところで発達障害が治るわけではないでしょうが。(2017/07/11)

ぜひ、マスコミの皆様には、日本語を普及させる責任をもって頂きたいと思います。専門用語としての「ネグレクト」は「放棄」と訳し、常にそう書くようにすれば、いずれ普及します。「セルフネグレクト」は「自己放棄」。専門家が内輪でカタカナ語を使うのは構いませんが、一般向けに語る場合は日本語の述語を作り出すべきです。専門家がやってくれない場合は、マスコミの仕事です。

カタカナ語がいけない理由はいくつかあります。「ネグレクト」の英語のニュアンスを知っている日本人は少ないので、言葉だけが独り歩きするもののちゃんと理解されないままなので、その言葉を持ち出すたびに説明するはめにもなりますし、誤解も招きます。例えば、この記事の題名に「虐待」という言葉が出てきたのは、「ネグレクト=虐待」という誤解に基づくものではないでしょうか。(いわゆる虐待にはいろいろな形があり「保護義務放棄」も虐待に含めることがあります。そこで、そういう誤解が生まれたのでしょう。) 本記事の題名で言いたいのは、本当は「. . . 自己を放棄しゴ屋敷に住む人々」でしょう。

いちいち説明する羽目になる例が「配偶者の死などといったライフイベント(人生における重要な出来事)をきっかけとする」です。「ライフイベント」をいちいち括弧書きで説明する必要があるなら、その言葉を使うのは一切やめて「 . . . といった人生における重要な出来事をきっかけとする」と書くべきでしょう。(2017/07/11)

とても共感しました。

私は清掃業をしていますが、仕事柄>もともと日本人は、人に迷惑をかけることを嫌う傾向が強いため..それを実際に見ることがあります。

ときには、離婚した後にご主人がふたりのお子さんを引き取り、残された奥さんだけが、
そのアパートに住み続けて「セルフネグレクト」状態になっていたときには、
悲痛な心の叫びを感じました。

ふだんは、誰も気がつかないケースが多いので
5.判断力の低下がある場合は行政はすぐに介入すべしなど..
まさに仰せのとおりです。(2017/07/11)

セルフネグレクトとゴミ屋敷に相関が見られるのは解る。だが、それを緩慢な自殺と称するのは理解できなかった。
終末医療で延命治療を拒む人に、医療機関はその人をそう呼ぶのか?
『当然行うべき行為を病気などにより「行えない」ケース』こそが、本来生活保護等で救済すべき事案であり、一緒くたにしている印象をぬぐえない。(2017/07/11)

色々と言っているが、要するに「死ぬ権利」を認めないから起きていることではないか。(2017/07/11)

理想論ですね。

「そのための予算と労働力はどこから出てくると思っているのか?」
という問題を見ないふりするのであれば、間違ったことは書かれていないと思いますが。

助けてくれと声をあげる人すら助けられない現状を無視しすぎです。

声をあげない人より、まず、助けを求める人を助けるべきでしょう。
必要ないという人を構う前に、今日、子供に食べさせるものがなくて、助けてもらえるなら助けてもらいたいと思っている人を助けるべきでしょう。
高齢者よりも、まずは、子供たちを。

私もセルフネグレト状態ですから、そういう人達の気持ちや状況は、よくわかるつもりです。
自分のことですからね。

助けたいということであるなら、余計なお世話をしてくれるより、税金やら強制保険やら、いらぬ公共サービスを押し売りして、公務員の狂った金銭感覚で金を搾取するのをやめて下さい。

体が悪いし、生活に支障があるレベルに記憶障害が出ていて(若年性アルツハイマー?)
働くと会社に迷惑をかけるから、なるべく働きたくないんですよ。
公務員ほどラクな職場環境の民間はあり得ませんから、自分の能力に問題があると、同僚の仕事が増えるのよくわかるから。
誰にでもできる簡単なお仕事、とかの募集もね、働いてみると、1日に数千回、ノーミスで時間内に終わらせなければならないみたいな、1回ならカンタンなお仕事でも、ノーミスと厳しい制限時間を要求されたら、もはや簡単じゃないって話になるお仕事ばっかりなんですよ。

そういえば、住民税の支払いを期限が切れても忘れたままで、今、思い出しました。
でも、役所が開く9時か10時までには、きっと、また忘れます。
新聞屋さんみたいに、集金に来てくれれば支払いますけど、覚えていられないんですね。
役所がやってる時間帯もよくないし。
暑くて光化学スモッグ注意報が出るような時間帯しか、役所やってないから、忘れ続けるのです。

午前5~7時くらいなら、比較的、頭が働くのですが。
7時前くらいから、気温の上昇とともに、だるい、暑いということしかわからなくなってしまうのです。(2017/07/11)

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日本の未来は、男性と同じ程度、女性のリーダーが作っていくものだと確信している。

ビル・エモット 英エコノミスト誌元編集長