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総合スーパーの雄、イズミの「人に報いる経営」

山西義政会長が描く、売上高1兆円への青写真

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2016年2月15日(月)

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大型ショッピングセンター「ゆめタウン」を展開するなど一大流通チェーンとして存在感を示しているイズミ。創業者の山西氏は、時代や環境の変化を見極め、お客の要望に応えながら中国、四国、九州で地域一番店をつくり上げた。国内市場は逆風も吹くが、「この商売はまだ深掘りできる」と2020年に売上高1兆円達成を目指す。

山西会長は中国、四国、九州でショッピングセンター「ゆめタウン」など102店舗を展開する一大流通チェーンを築き上げました。どんな経営方針で事業を営んできましたか。

山西:お客様に一番愛される「地域一番店」を目指し、一番いい場所に一番大きい店をつくることに力を注いできました。代表例が広島市に開いた1号店の八丁堀店。当初は2階建てでしたが5回増築し、最終的には地下1階、地上7階の大型店に進化させました。普通は1号店が成功したらチェーン化に走るところですが、お客様の要望に応え、建物を大きくすることで地域一番店に挑んだのです。

 現在、年間100億円以上稼ぐ店が15~16店舗あります。昔はうちが大手企業に勉強に行かせてもらっていましたが、今は逆に、大手の方が店の見学に来られます。

山西義政(やまにし・よしまさ)氏
1922年広島県生まれ。20歳で海軍に入隊し潜水艦「伊400型」の機関兵として乗艦。戦後、広島駅前のヤミ市で商売の道に進む。50年衣料品卸山西商店を設立。61年いづみ(現イズミ)を創業し代表取締役社長に就任。93年代表取締役会長、2002年から取締役会長。西日本各地に「ゆめタウン」などを展開。一大流通チェーンを築く。(写真・橋本真宏)

環境の変化に合わなくなったら、撤退する勇気を持つ

当初は繁華街で商売し、やがて駅前、さらには郊外へと出店するようになり、形態もスーパーマーケットからGMS(総合スーパーマーケット)へと転換していきました。時代の変化をどのようにとらえて変革してきたのですか。

山西:オープン当初は地域一番店だった店でも、後から他の大型店が出店すれば2番店、3番店になります。商売の基本は一番いい場所に出すことですが、そのいい場所は時代とともに変わっていきます。当社はそういう時代の変化、環境の変化に合わなくなった店をどんどん閉鎖・売却しました。これまでに30店舗は廃店したでしょう。そして、その時々にお客様が集まる店舗を新たに出店してきました。

 イズミの店舗の平均年齢を出したら、GMSの中では一番若いと思いますよ。人間と同じで、稼いでくれるのは働き盛りの店(笑)。

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