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4兄弟の個性を生かして成長

カシオ計算機特別顧問 樫尾幸雄氏に聞く(前編)

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2015年7月21日(火)

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インド市場向けにローカライズした電卓で大成功するなど、独自の地位を築き上げているカシオ計算機。その歴史は1950年代にまで遡る。東京都三鷹市に「樫尾製作所」を開いた長男・忠雄氏を支えようと、次男、三男、四男が集まったのが始まり。以来、彼らは「樫尾四兄弟」と呼ばれ、それぞれの個性を生かした分業体制で組織を牽引し、小さな町工場を売上高3000億円超の企業へと成長させた。その根底に流れる精神とは何だったのか。兄弟の四男、樫尾幸雄氏に聞いた。

カシオと言えば、1957年に発売された「リレー式計算機」が思い浮かびます。歯車を使った機械式計算機が主流だった当時、カシオが開発した小型純電気式計算機「14-A」は画期的で、その演算速度や静かさは機械式を圧倒した。あれを修理できるのは今、特別顧問しかいないと聞きました。

樫尾:私たちはもともと4人兄弟で事業をスタートしました。リレー式計算機を理論的に考えて作ったのは亡くなった次男の俊雄ですが、今でも私の頭の中には、それがどういう構造になっていて、どう作られているのかが入っています。

樫尾幸雄(かしお・ゆきお)氏
1930年11月生まれ。「樫尾四兄弟」の四男で、カシオ計算機の創業時から取締役として生産部門を担当してきた。91年から副社長を務めていたが2014年6月に退任し、特別顧問に就任した。(写真:菊池一郎、以下同)

「兄弟愛」が今日のカシオ計算機をつくった

 我々兄弟はそれぞれ個性があって、持ち味を生かした分業が自然にできていました。アイデアマンの俊雄が「電気で動く計算機を作ろう」と思い付き、手先の器用な私がそれを作る。三男・和雄がそれを営業して歩き、長男の忠雄が資金を管理した。そんなふうにして、お互いを信頼しながらやってきたんです。

 自分の兄をこんなふうに言うのもなんですが、長男の忠雄はとても親孝行で兄弟思いでした。叔父に誘われて上京し、見習い旋盤工から身を立てました。忠雄は当時、一家の大黒柱でしたから、忠雄が起こした「樫尾製作所」を何とかしようと兄弟全員が力を合わせました。ですから、まあ、「兄弟愛」が今日のカシオ計算機をつくったと言えるかもしれません。

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三品 和広 神戸大学教授