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「池袋の天狗」が「定食店のおやじ」に戻った日

大戸屋ホールディングスの三森久實会長を偲ぶ

2015年7月31日(金)

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定食店チェーンのパイオニア、大戸屋ホールディングスの三森久實会長が7月27日、57歳の若さで逝去した。女性が気軽に入れる新しい定食店のスタイルを確立し、国内だけでなく、タイをはじめ海外にも展開。店舗数は計400店を超えたが、持ち前のベンチャースピリットは衰えることがなく、最近は米国市場開拓の陣頭指揮を執っていた。外食業界に大きな足跡を残した起業家を、生前のインタビューと共に振り返る。

 初めて三森さんを訪ねた日のことは忘れられない。

 1999年1月、冷たく激しい雨が打ち付ける日だった。当時の大戸屋(後の大戸屋ホールディングス)の本社は、東京郊外の私鉄駅(西武新宿線田無駅)から15分ほど歩いたアパートの一室にあった。

 大げさに言っているのではなく、正真正銘のアパートだったと記憶している。しかも、お世辞にもきれいとはいえず、昭和の苦学生が住んでいそうな、老朽化したアパートだった。

 既に30店ほど定食店を展開し、急成長企業として耳目を集めていたので、華やかなイメージとのギャップにかなり驚いた。本社前で合流予定だったカメラマンを待つ場所に困り、仕方なく来た道を戻り、コンビニで雨と寒さをしのいだ。

みつもり・ひさみ
1957年山梨県生まれ。15歳のとき、東京・池袋で「大戸屋食堂」を経営する伯父の養子になる。79年に店を継承し、83年大戸屋設立。2001年株式上場。05年タイのバンコクに海外1号店を出店。その後、台湾やインドネシア、米国にも出店。15年7月27日逝去 (14年撮影。写真:鈴木愛子)

 「なかなか、レトロな感じの事務所ですよね」

にこっと笑って答えてくれた

 取材の冒頭で、嫌味に聞こえるかもしれないと思いつつ、婉曲的にそう尋ねてみた。すると三森さんは、にこっと笑った。

「ははは。でも、すごく居心地がいいんですよ。この部屋で一人静かに、各店から届くお客様のアンケートを読んでいると、反省をさせられるし、いろいろな考えも浮かんでくるんです」

 そう言って、狭い部屋の一角にどっさりと、しかし丁寧に積み上げられたアンケートの山を指差した。30店も展開していたら、ちょっといい気になってもおかしくないのに、この三森さんという経営者のストイックさは普通ではないなと思った。

 その後、本社は企業規模に相応しい建物に移り、株式上場も果たした。本社こそ立派にはなったが、何度取材しても、三森さんに偉ぶるところはなかった。定食店の経営が楽しくて仕方ないという様子で、古びたアパートにいた頃と同じように、店に寄せる思いをいつも話してくれた。

 なぜ、三森さんは自らを律することができたのか。なぜ、経営者として成功したのか。2007年のインタビューで、その転機を語っているので、全文を紹介する。

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「「池袋の天狗」が「定食店のおやじ」に戻った日」の著者

北方 雅人

北方 雅人(ほっぽう・まさと)

日経トップリーダー編集長

1991年一橋大学社会学部卒業後、日経BP社に入社。日経ベンチャー(現日経トップリーダー)、日経レストランなど経営誌の編集部を経て、2010年より日経トップリーダー副編集長。17年1月より現職。中小企業経営のスペシャリスト。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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