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「立ち上がれ!ソニーの中の“不良社員”」

ウォークマンの父、大曽根幸三が鳴らす警鐘(下)

2016年6月1日(水)

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 戦後間もなく発足し、かつては世界に驚きを与え続けたソニーが、今も苦しみ続けている。業績は回復してきたものの、国内外で圧倒的なブランド力を築いた面影は、もはやない。日本人に希望をもたらしたソニーは、どこで道を誤ったのか。長くソニーの歩みを見た経営幹部が、今だからこそ話せる赤裸々なエピソードとともに、ソニーの絶頂と凋落を振り返る。あの時、ソニーはどうすべきだったのか。

 連載3回目は、初代ウォークマンを開発した伝説の技術者、大曽根幸三氏。ソニー創業者の井深大や盛田昭夫と直接やり取りしながら進めたウォークマン開発の秘話や、なぜソニーを始めとする日本の電機産業が新しいモノを生みだせなくなったのかを、3日連続で語る。今回はその後編(前編「管理屋の跋扈でソニーからヒットが消えた」、中編「ソニーも大将が変わればがらりと変わる」も合わせてお読みください)。

聞き手は日経ビジネスの宗像誠之。

大曽根幸三(おおそね・こうぞう)氏。
1933年生まれ。56年日本大学工学部卒業後、ミランダカメラに入社。61年にソニー入社。一貫してオーディオ分野を担当し続け、カセットテープからMDまで、一連のウォークマンシリーズの開発を手掛けた。89年に常務、90年に専務、94~96年まで副社長。2000年にアイワ会長へ就任。2002年にアイワ会長を退任した。(撮影:北山 宏一)

大曽根さんはソニーの副社長まで務めました。経営の一線から退く前に、ソニーの凋落を止められたかもしれない、と思うことはありませんか。

大曽根氏(以下、大曽根):あと出しジャンケンみたいなことはしたくないからな。だけどあえて、今そういうことが言えるとしたら一つ。

 一度は売却する方針を出して、後に撤回したバッテリー事業に関することかな。具体的には、ソニーが今も手掛けているリチウムイオン電池事業。こういう、新興国勢がキャッチアップできない分野の事業を大事にすべきだと、もっと強く言っておくべきだったと思うね。

 リチウムイオン電池は、ソニーはかなり昔から手掛けていてね。大賀(典雄、元ソニー社長)さんと私で、まだ塙(義一、日産自動車の社長や会長などを歴任)さんが専務くらいだった頃の日産自動車に、ソニー製のクルマ用リチウムイオン電池を運んだんだ。

 追浜(神奈川県)にある日産の工場で、試作している電気自動車に載せるっていうんで、大賀さんとヘリコプターで電池をそこまで運んだ。今でこそ電気自動車や燃料電池自動車とか、エコなクルマが話題になっているけれど、これは20年以上も前の話だよ。実はそんな前から、電気自動車の研究が粛々となされていたんだ。

コメント19

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「「立ち上がれ!ソニーの中の“不良社員”」」の著者

宗像 誠之

宗像 誠之(むなかた・せいじ)

日経ビジネス記者

日経コミュニケーション、日本経済新聞社産業部、日経コンピュータを経て、2013年1月から日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師