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「時代遅れという批判の中でAIBOは生まれた」

AIBOの開発責任者、土井利忠の述懐(その1)

2016年6月13日(月)

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 戦後間もなく発足し、かつては世界に驚きを与え続けたソニーが、今も苦しみ続けている。業績は回復してきたものの、国内外で圧倒的なブランド力を築いた面影は、もはやない。日本人に希望をもたらしたソニーは、どこで道を誤ったのか。長くソニーの歩みを見た経営幹部が、今だからこそ話せる赤裸々なエピソードとともに、ソニーの絶頂と凋落を振り返る。あの時、ソニーはどうすべきだったのか。

 これまでにソニーOBの丸山茂雄氏()、伊庭保氏()、大曽根幸三氏()に話を聞いてきた。

 連載4人目は、子犬型ロボットのAIBOや二足歩行型ロボットのQRIOなどの開発を手掛けた土井利忠氏。AIBOやQRIOの開発が始まった経緯からロボット事業撤退の舞台裏、ソニーが知らず知らずのうちに陥っていた病理の分析などを、5日連続で語る。今回はその第1回。

聞き手は日経ビジネスの宗像誠之。

土井利忠(どい・としただ)氏。
1942年、兵庫県生まれ。64年東京工業大学電子工学科を卒業、ソニー入社。工学博士(東北大学)、名誉博士(エジンバラ大学)。デジタルオーディオ研究開発プロジェクトマネジャーとして、蘭フィリップスと共同でのCDを開発するプロジェクトや、ワークステーション「NEWS」の開発などを担当。AIBOやQRIOといったロボット開発などの責任者も務めた。87年にスーパーマイクロ事業本部本部長。88年にソニーコンピュータサイエンス研究所長。2000年にソニーの業務執行役員上席常務に就任。2004年にソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所社長。2006年にソニーグループを離れる。現在は、中小中堅企業などへ経営を指南する「天外塾」を主催しながら、医療改革、教育改革にも取り組む。「天外伺朗」というペンネームでの著書多数(撮影:北山 宏一)

現在、AI(人工知能)やロボットが改めてブームになっていることもあり、この連載でも「なぜAIBOの開発をやめたのか」と残念がるソニーOBが続出しています。ネットでの反響を見る限り、読者もそう考えている人が多いようです。子犬型ロボットのAIBO(アイボ)や、二足歩行型ロボットのQRIO(キュリオ)の開発責任者だった土井さんには、まずは当時のソニーで、これらの研究開発が始まった経緯から聞きたいと思います。

土井氏(以下、土井):1987年に「スーパーマイクロ事業本部」と呼ぶ、ソニーのコンピュータ関連事業を統括する部門の本部長に任命されたんですよ。

 実態は、僕の部隊が開発したワークステーション(専門家向けの高性能コンピュータ)である「NEWS」がヒット商品となって売れたので、「MSX」というゲーム機、放送局向けの画像処理コンピュータ、文書ファイルシステムなどの赤字事業を押し付けられて、事業本部としてまとめられただけなんだけどね。

 けれど当時、ソニーの社内にはITが分かる人材が少なくて、コンピュータ関連の研究をするような基礎もなかった。「情報処理研究所」という名前の、いかにもITに強そうな部門はあり、優秀な人材はそろっていたのだけれど、研究テーマが時代遅れだった。

 こんな状況だから私は、「これじゃあ、どうしようもない」と文句を言っていたんだ。そんなこんなで、「じゃあ、お前が所長やれ」と言われてしまった。

コメント31件コメント/レビュー

土井さんのすごいところは、自分の失敗を失敗と認める技量があったこと。これに尽きる。(2016/06/16 12:23)

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「「時代遅れという批判の中でAIBOは生まれた」」の著者

宗像 誠之

宗像 誠之(むなかた・せいじ)

日経ビジネス記者

日経コミュニケーション、日本経済新聞社産業部、日経コンピュータを経て、2013年1月から日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

土井さんのすごいところは、自分の失敗を失敗と認める技量があったこと。これに尽きる。(2016/06/16 12:23)

 「とても参考になった」と「是非読むべき」の比率の高さ・・・丸山さん並み。

 出井さんの登場を願う声も大きいが、彼がここに出てきて何か得に(あるいは徳に)なることがあろうか。無けりゃ出てこないだろう。

 大賀さんが選ぼうとしていたM尾さんの失脚含め、他の役員の面子含め、ソニーの命運というか巡り合わせ(の幸運)はそこまでだった、ということか。悲しいなぁ。(2016/06/16 12:21)

 同時期をリアルに体験して生きてきた者として、一言。
 結局、物作りとか、なんか作って、人を楽しませたいとか、世のため人の為とか、敗戦の焼け野原から、日本はこんなものを作れるんだよという志が無くなって、グローバルスタンダードとか、たしかにデーターとか分析は大事だけれど、根底のスピリットがおかしくなったから、駄目になったと思う。音楽配信の規制も、反省の弁で述べられているけれど、応援の意味で、私はソニーのスマートフォンみたいなウォークマン買ったけれど、音楽を聴きたいと思う瞬間には、応えられていない。何駅か過ぎて、データー更新してからと、立ち上がりまで数分かかる。
 シャープも、かって時期を担うホープとして、若手を抜擢してと、社長にすえて、世界の亀山モデルとか貼っていたけれど、何が世界なのかよく分からないままに、問題先送りして台湾のメーカーの傘下にはいる事態になった。
 日経の記事に、10年くらい前の記事を読んでいて印象に残っていることが二つ。サムスンは世界中からデザイナーをかき集めていた。アジアの新興メーカーの液晶テレビの分解記事で、中身が整理されていないとかの記事があったけれど、どんな下手でも、経験すれば技術は上がっていくはず。
 携帯の普及は、立ち後れた有線の電話回線がないから、アジアでは進んでいったという記事があったけれど、根底には、誰かの役にたちたいという点が無くなっただろうと思う。(2016/06/14 22:26)

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