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「井深さんは最期までAIBOを応援してくれた」

AIBOの開発責任者、土井利忠の述懐(その5)

2016年6月17日(金)

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 戦後間もなく発足し、かつては世界に驚きを与え続けたソニーが、今も苦しみ続けている。業績は回復してきたものの、国内外で圧倒的なブランド力を築いた面影は、もはやない。日本人に希望をもたらしたソニーは、どこで道を誤ったのか。長くソニーの歩みを見た経営幹部が、今だからこそ話せる赤裸々なエピソードとともに、ソニーの絶頂と凋落を振り返る。あの時、ソニーはどうすべきだったのか。

 これまでにソニーOBの丸山茂雄氏()、伊庭保氏()、大曽根幸三氏()に話を聞いてきた。

 連載4人目は、子犬型ロボットのAIBOや二足歩行型ロボットのQRIOなどの開発を手掛けた土井利忠氏。AIBOやQRIOの開発が始まった経緯からロボット事業撤退の舞台裏、ソニーが知らず知らずのうちに陥っていた病理の分析などを、5日連続で語る。今回はその最終回(1回目2回目3回目4回目)。

聞き手は日経ビジネスの宗像誠之。

土井利忠(どい・としただ)氏。
1942年、兵庫県生まれ。64年東京工業大学電子工学科を卒業、ソニー入社。工学博士(東北大学)、名誉博士(エジンバラ大学)。デジタルオーディオ研究開発プロジェクトマネジャーとして、蘭フィリップスと共同でのCDを開発するプロジェクトや、ワークステーション「NEWS」の開発などを担当。AIBOやQRIOといったロボット開発などの責任者も務めた。87年にスーパーマイクロ事業本部本部長。1988年にソニーコンピュータサイエンス研究所長。2000年にソニーの業務執行役員上席常務に就任。2004年にソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所社長。2006年にソニーグループを離れる。現在は、中小中堅企業などへ経営を指南する「天外塾」を主催しながら、医療改革、教育改革にも取り組む。「天外伺朗」というペンネームでの著書多数(撮影:北山 宏一)

経営を学び、自ら経営塾を開くようになってから、改めてソニーを分析すると、新たな観点からソニー凋落の原点が見えたりしますか。

土井:それはあるね。ソニーに自分がいた頃は全く気が付かなかったけど、経営を学び、経営塾で多くの経営者と接した経験を通して、気が付いたことがある。

 ソニーの経営を急激に変えた出井(伸之、ソニーの会長兼CEOなど経営トップを歴任)さんの劣等感を生んだものが何だったのか。それを突き詰めていくと、創業期のソニーが陥っていた病理が浮かびあがってくるんだ。

 僕がソニーにいた頃は、井深(大、ソニー創業者)さんや盛田(昭夫、ソニー創業者)さんの全盛期を理想として、みんながそのやり方を信奉しながら語るようになっていた。創業期のソニーは、ものすごい勢いで成長したけど、それはモノ作りに貢献したエンジニアが自由闊達な環境で燃えていたから。だが、そこにこそ病理も宿っていたと、僕は思うんだよね。

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「「井深さんは最期までAIBOを応援してくれた」」の著者

宗像 誠之

宗像 誠之(むなかた・せいじ)

日経ビジネス記者

日経コミュニケーション、日本経済新聞社産業部、日経コンピュータを経て、2013年1月から日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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