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ルパン3世みたいな事故から生まれたネジ

波乱の10代、13歳で漁師に14歳でとび職に

2016年11月28日(月)

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緩まないネジを発明したネジロウ、道脇裕社長の軌跡を辿る連載3回目。学校に通わなくなった道脇氏は、本格的に外で仕事を始める。そして19歳の大事故をキッカケに、現在のL/Rネジの原案である「緩まないネジ」の構想を思いつく。

連載1回目:「小学校“中退”の発明家はこうして生まれた」。
連載2回目:「学校は『量産型ロボット生産ライン』」。

ネジロウの道脇裕社長(写真:陶山 勉)

 中学校の入学式には出席したが、ほとんど通っていない。日中はひたすら仕事に没頭していた。

道脇:13歳くらいの頃でしょうか。伊豆下田市にいる知り合いのところで、見習いの漁師として働き始めました。住み込みの仕事です。元々体を動かすのが好きだったので、体力勝負の仕事をしてみたいと思っていました。漁師を選んだのは、なんとなく漠然と広い海に出てみたいという思いがあったからです。

 漁師の仕事は想像以上に過酷でした。新聞配達などで早起きは慣れていたものの、起きるのは毎朝3時。まだ靄がかかる早朝の時間帯に海に船を出すのですが、視界が無く一寸先は闇のような日も度々です。想像を超える荒波が船を上へ下へと翻弄します。そんな状態で、仕掛けて置いた竿を引き上げたり、竿の先から垂れる糸にエサを仕込んだりするのが僕の仕事でした。結局、働いていたのは1シーズンほどでしょうか。生き物や自然の力に触れるなかで多くのことを学び、僕にとって忘れることの出来ない経験となりました。と同時に、自分の余りの無知さを感じつつ、もっと世界を見たいという思いが一層強くなり、漁師を辞め家に戻ってきてからは、また新たな職探しを始めました。

年齢サバ読みとび職に

 離れた地の求人情報誌にも片っ端から目を通し、14歳でも働けるところがないか探し続けました。当然と言えば当然なのですが、14歳を雇うことはできません。なので、「14歳でも働ける」というより「14歳ぽくても働ける」職場がないかを探したのです。

 その後、江戸川区のとび業者に住み込みで働くことになりました。この当時は「16歳」と自己申告して面接を受けました。すると思いの外あっさりと面接に受かり、見習いとして働けることになったんです。ある日社長に、「お前年齢サバ読んでるんじゃないか」と言われ、とうとう見抜かれたかと覚悟したのですが、続いた言葉が「どう見ても20歳過ぎてるだろ」と。そのころから落ち着いていて物怖じせず発言するタイプだったせいか、逆にサバを読んでいるんだと思われていたのですね。

 とび職の現場では週6日勤務で、朝7時半に現場に到着し8時から体操。その後、持ち場について、足場を組むための単管パイプやクランプ、布板などを運んだり、それらを組み立てるなどの肉体労働をひたすらしていました。結局1年くらいここで働くのですが、最後まで本当の年齢を知られることはありませんでした。

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「小学校“中退”の発明家、道脇裕の「人生をネジろう」」のバックナンバー

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「ルパン3世みたいな事故から生まれたネジ」の著者

齊藤 美保

齊藤 美保(さいとう・みほ)

日経ビジネス記者

2011年中央大学法学部卒業。同年、日本経済新聞社に入社。産業部にて電機、IT、自動車業界を担当した後に、2014年3月から日経ビジネス編集部に出向。精密業界を中心に製造業全般を担当する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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