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ルパン3世みたいな事故から生まれたネジ

波乱の10代、13歳で漁師に14歳でとび職に

2016年11月28日(月)

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道脇:一応高校は受験しました。学年で言えば、中学3年生の後半頃、たまたま実家に帰っていた際、母に「もし高校に行きたいと思っても、試験を受けとかないと行くことは出来ないよ」と軽く言われたのですが、「それもそうだな」と。とりあえず都立の工業高校を受験することにしたんです。気がついたら受験の1週間前でしたが、この1週間で一気に5科目を独学しました。一夜漬けならぬ、1週間漬けです。その結果、ちゃんと合格することができました。

 実際高校に通ってみると、やはり授業は退屈で、肌に合わない学校にはまたしてもほとんど行なくなりました。出席日数が全く足りないので、進級はおろか1単位も取れていません。1年生を終える頃、「続けるか辞めるか」と先生に問われましたが、通学用の定期券もあるし、学食のカツカレー(実際には、ハムのように薄いのですが)は210円と、とにかく安い。「籍だけおいといてください」とお願いしたのですが、結局その後、進路指導室に呼ばれ「会議で決まった。明日から来なくていいから」と退学を言い渡されました。

 高校退学後、17歳頃にハウスクリーニングを行なう事業を立ち上げる。独自に不動産会社から受注するなど事業は順調だったが、椎間板ヘルニアを患ったことをキッカケに体力勝負の仕事ができなくなる。

道脇:重度のヘルニアにかかり、歩くのも寝るのもとにかく何をするのも腰が痛い状況でした。両手両足にもしびれが起こり、体を使った仕事はもとより、二度と普通に歩くことさえできないのではと、絶望的な思いになりました。その他方で、体を使えないのなら頭を使う道しかないなぁと考え始めます。そう思いながら、はたと気がつくのです。僕、10歳くらいからほとんど学校に通っていない、いわゆる勉強をしていないので全く何も知らないんです。色んなアイデアはポンポン浮かぶのですが、一般常識とか教養とかそういったものが一切備わっていない。だから、人様が何を言っているのかさえよくわからない。「なんて自分はバカなんだ」とこの時ようやく気がつくんです。

 既に実家を出て一人暮らしをしていました。ヘルニアで仕事ができなくなったことで収入もなくなり、電気も水道もガスも止められて、どうやって生きていけばいいかなって真剣に考え出しました。もう完全に家中(いえなか)ホームレス状態です。殆ど食事を摂ることも出来ない日々が続きました。

 そうしながら、幼少期から疑問に思い続けてきたことが頭をもたげました。「自分は一体なんなのか」「なんのために生きているのか」。この自問に答えを出すためには、バカを克服しないといけない。それができなければ、生きる意味が分からないのだから死ぬしかない。当時の僕は、究極的にはこの2択しかないと思ったんです。

動き出した「バカ克服プログラム」

 別に自殺願望があったわけではないので、とりあえずバカを克服することにしました。名付けて「バカ克服プログラム」。自分に足りないこと、自分のばかさとその対策案や学ぶべき項目などをとりあえず全て紙に書き出してみました。

 人の話を聞いてもよく分からないからニュースを見る。ニュースを見ても言葉がわからないから読書をする。読書をしようにも漢字や熟語、諺がわからないから漢字を学習する。文章を読み解くために現代文、その原点である古文、さらに、漢文。文章力がないのだから書写…。こうつらつらと書き進め、自分の分かっていないことを掘り起こしていったんです。現代社会、日本歴史、世界史、科学史、数学、物理、化学、英語…。全部で30くらいの項目になったでしょうか。こうしてリスト化したものをぼーっと眺めているうちに愕然としました。目の前に眺めていたものは、学校の教育カリキュラムそのものだったんです。

コメント1件コメント/レビュー

本当に破天荒な生き方。とてもじゃないが真似はできない。こんな生き方は嫌いだ。
振り返って自分の人生を見ると普通の生き方をし、真面目に小中高と通い、大学も出た。
私は人との出会いで、結構な面白い人生を送ってきた。満足している。
今だに人に支えられている。地元では初めて始めた技術もあり楽しいことが多かった。今だに、40年前に習得したその技術で働いている。弟子も全国に何人かいてプロになって成功した人もいる。会えば師匠と慕ってくれる。
年金を頂くようになった今はライフワークを作ろうと活動してる。(2016/12/04 12:48)

「小学校“中退”の発明家、道脇裕の「人生をネジろう」」のバックナンバー

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「ルパン3世みたいな事故から生まれたネジ」の著者

齊藤 美保

齊藤 美保(さいとう・みほ)

日経ビジネス記者

2011年中央大学法学部卒業。同年、日本経済新聞社に入社。産業部にて電機、IT、自動車業界を担当した後に、2014年3月から日経ビジネス編集部に出向。精密業界を中心に製造業全般を担当する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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本当に破天荒な生き方。とてもじゃないが真似はできない。こんな生き方は嫌いだ。
振り返って自分の人生を見ると普通の生き方をし、真面目に小中高と通い、大学も出た。
私は人との出会いで、結構な面白い人生を送ってきた。満足している。
今だに人に支えられている。地元では初めて始めた技術もあり楽しいことが多かった。今だに、40年前に習得したその技術で働いている。弟子も全国に何人かいてプロになって成功した人もいる。会えば師匠と慕ってくれる。
年金を頂くようになった今はライフワークを作ろうと活動してる。(2016/12/04 12:48)

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