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恣意性なきメディアに価値はない

2016年4月22日(金)

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 NHKがツイッターで自分の局の関連アカウント以外のフォローを外すことを発表した

 NHKのサイト上では、4月18日現在で、合計135のアカウントを「公式アカウント」として紹介している。今後は、その135の関連アカウント以外はフォローしないというのだ。

 フォローを外す理由について、NHKは

「かつては私たちも、フォローをツイッター上の慣習と考え、フォローしていただいた方に対して積極的にフォローを返していました。しかし、ツイッター上でさまざまな意見や主張が交わされる中で、NHK公式アカウントがNHK以外のアカウントをフォローすることは、そのアカウントの意見に対する支持・賛同ではないか、というご批判をいただくこともございました。ツイッターのフォローは互いのゆるやかなつながりを示すものだ、という意見があることも承知していますが、検討を重ねた結果、私どもとしては、NHKアカウントによる他アカウントへのフォローをすべて解除させていただく選択に至りました」

 という言葉で説明している(こちら)。

 なんという苦情耐性の低さだろうか。
 昭和の学園ドラマに出てくるビビリ屋の教頭先生だって、もう少し根性があったと思う。

 個人的には、

「『みなさまのNHK』による『恣意的』なフォローは、それが支持・賛同と受けとられかねない意味で、公共放送が守るべき公正・公平の原則に反するのではないか」

 みたいな言いがかりは、粛々と無視黙殺閑却ネグレクトすれば良いと思う。
 答えるにしても、さくっと

「情報収集の一環です」

 ぐらいに言っておけば十分だ。その答えに納得しないクレーマーは永遠に放置しておけば良い。それだけの話ではないか。
 どうしてこの程度の対応ができないのだろうか。

 NHKが取材する現場もあれば、NHKが取材しない現場もある。
 NHKが紹介する観光地もあれば、NHKが紹介しない観光地もある。
 NHKが取材費で購入する書籍もあれば、NHKが取材費で購入しない書籍もある。
 NHKが出演依頼する文化人もいれば、NHKに出演依頼してもらえない文化人もいる。
 フォローも同じことだ。

 取材先なりニュース項目なりの選び方に人間の恣意が介在するのは当然の前提だ。
 あまり有名でない観光地の住民が、

「どうしてNHKは、京都や熊野路ばかり取材して、自分たちの町に来てくれないのか」

 と思う気持ちは、心情としてはわからないでもない。
 が、編集権というのはもともとそうしたものだ。

 逆に言えば、「何を取材し何を取材しないのか」「何を報道し何を報道しないのか」という判断にこそ報道の本質は存在するわけで、そこのところの判断を外部の機関なり人間に制圧されたら報道機関は、ただの広報機関に成り下がってしまうということだ。

 このたび、NHKが、ツイッターアカウントのフォローについて、自分たちの選択権を放棄したことは、報道機関がおのずからその手の内に保持している編集権の一部を返上したと言ってもよい決断で、その意味では、苦情耐性の有無や強弱を言う以前に、報道にたずさわる者としての覚悟を疑わなければならない出来事と言える。あまりにもばかげている。

 こういうことが起こってしまってみると、「みなさまのNHK」という構え方自体が、そもそも報道責任を国民全員に転嫁して希釈する土下座設定だったのではなかろうかと思えてくる。

 さて、NHKがこのたび明らかにした意気地の無さは、一方において「みなさまの」という接頭辞を掲げている公共的な組織に寄せられる苦情メールや非難ツイートの圧力が、いかに巨大であるのかを物語ってもいる。

 実際、私のような一介のコラムニストの捨て台詞の集積場であるに過ぎないツイッターアカウントにも、けっこうバカにならない数の苦情がやってくる。

 いつだったか、サッカーのスタジアムで起こった外国人差別を憂慮するツイートを書き込んだ時には、

「一方的に日本人ばかり責めて、○国人による日本人差別を糾弾しないのはダブスタだ」
 という主旨のリプライが、それこそ山ほど寄せられたものだった。

コメント54件コメント/レビュー

今は過渡期であると考えます。

我々はネットのなかった時代も経験してるわけですが、その当時、世間に物申せるのは一部の著名人や識者、あと芸能人ぐらいでした。
一般人は犯罪でも起こさなきゃ自身の発言をマスメディアに載せることすら叶わなかったんですよ。
例えば普通の人が「顔も名前も肩書きも出すから、テレビに俺を出して言いたいこと言わせてくれ」とテレビ局に訴えても、警備員につまみ出されるのがオチでしょう。

よく著名人が2ちゃん批判する時「匿名で言いたいこと言いやがって」と定例句のごとく言いますが、その内実は「一般人のくせに」なんですよ。
一般人はメディアにどんなに反論したくても歯ぎしりしながら耐えるしかない。

そういった時代に稼ぎに稼ぎまくったヘイトを、著名人やメディアの側が精算してる時期なのではないでしょうか。
もう少ししたら著名人も一般人も意識としては平等な、優しい世界が来るはずです。
今の状態が強化されることなんて誰も望んでないし。(2016/05/08 01:39)

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「恣意性なきメディアに価値はない」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

今は過渡期であると考えます。

我々はネットのなかった時代も経験してるわけですが、その当時、世間に物申せるのは一部の著名人や識者、あと芸能人ぐらいでした。
一般人は犯罪でも起こさなきゃ自身の発言をマスメディアに載せることすら叶わなかったんですよ。
例えば普通の人が「顔も名前も肩書きも出すから、テレビに俺を出して言いたいこと言わせてくれ」とテレビ局に訴えても、警備員につまみ出されるのがオチでしょう。

よく著名人が2ちゃん批判する時「匿名で言いたいこと言いやがって」と定例句のごとく言いますが、その内実は「一般人のくせに」なんですよ。
一般人はメディアにどんなに反論したくても歯ぎしりしながら耐えるしかない。

そういった時代に稼ぎに稼ぎまくったヘイトを、著名人やメディアの側が精算してる時期なのではないでしょうか。
もう少ししたら著名人も一般人も意識としては平等な、優しい世界が来るはずです。
今の状態が強化されることなんて誰も望んでないし。(2016/05/08 01:39)

>ところで、来週と再来週は本欄はお休みになります。
その日が来るまで何を言ってるのかわかりませんでした。GWだったんですね。(2016/04/29 02:53)

先週のテーマと通じるものがあり、面白かったです。本当にこの、サイレントマイノリティーとノイジーマイノリティーの対立という問題が、どんどん深刻化している気がします。世の中の99%の人(ごく常識的でノンポリな人々)がそんなのどうでもいいよ、と思っていることでも、1%のイチャモンつけるのが生きがいみたいな人々の声が10や20集まると、それで大企業や行政が動いてしまう。それは大企業や行政の側の苦情対応姿勢が、20世紀仕様のまま変わっていないからなのでしょう。そろそろ「ネット発の苦情」に対する考え方や対処方法を、大きく変えるべき時に来ていると思います。(2016/04/29 01:44)

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