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90日間、テレビを見たのは10時間。

2015年6月19日(金)

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 入院して3カ月が経過した。

 骨折した当初は、入院が長引く以上、テレビ漬けにでもなって暮らすほかにどうしようもないのだろうと考えていたのだが、実際には、そういうことにはならなかった。

 具体的に言うと、病院に入って以来、私は、これまでに通算で10時間(600分)ほどしかテレビを視聴していない。これは、テレビカードに記録が残っているのでたしかな数字だ。ということは、1日あたりの視聴時間に換算すると、私は6~7分ほどしかテレビ画面を見ていない計算になる。

 3カ月もテレビから離れるなどということは、自分の人生の中ではじめての経験だ。
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 私の世代の者は、テレビとともに生まれ、テレビと一緒に育ってきた自覚を持っている。

 自分の家にはじめてテレビがやってきた時の感激を内心の奥深いところに抱きかかえたまま成長し、大人になり、おっさんになった世代の人間である私たちは、好きだとか嫌いだとかを言う以前に、テレビの存在を前提にものごとを考えるように条件づけられている。だからわれわれは、魚が水について考えないのと同じように、テレビそのものを客体化して考えることができない。テレビは、あまりにも身近で、所与の環境そのものだったからだ。

 この3カ月間、テレビから離れてみて、あらためて色々なことを考えた。
 今回は、その話をする。

 結果から逆算して言えば、特定のテレビ番組についてではなくて、テレビ全般について突っ込んだ話をするためには、いったんテレビという機械から離れなければならない。

 毎日見ている人間には見えない景色があるということに、私は、このたび、はじめて気づいたわけなのだが、実際に体験してみてあらためて思うのは、テレビを見ない人間としてテレビを考えるこのと奇妙さは、自分の育った金魚鉢を外から眺めることになった金魚の気持ちに似ているということだ。

 つまり、テレビを見ない人間がテレビについて考える時には、テレビというメディアの性質や機能を批評する以前に、まず、テレビ漬けだった自分自身の生活を総括する作業をせねばならないということだ。

 ともあれ、人と人が、別れてみてはじめてお互いの真価を知るのと似たなりゆきで、私たちは、対象と距離を置くことによってはじめて、ある景色の全体像を把握し、特定の経験の意味を知ることができるようになる。

 とすれば、テレビの秘密を知るために、やはり、私は、いったんテレビから離れなければならなかったわけだ。

 まず、どうしてテレビを見なくなったのかについてお話ししておく。

 単純な話なのだが、テレビの設置場所が、寝ているベッドの枕元の側(寝ているアタマの右横斜め上ぐらい)にあって、自然な角度で画面を見上げられないことが条件として大きかったと思っている。2時間やそこら(サッカーの1試合分ぐらい)ならなんとか見ていられないこともないのだが、それ以上はキツい。クビが痛くなる。

 もちろん、変な角度で見るのが嫌なら、枕を反対側に移動すれば良いという話ではある。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「90日間、テレビを見たのは10時間。」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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