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音楽は政治と分離できるか

2016年6月24日(金)

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 この5日ほど、「音楽に政治を持ち込むな」という声が各方面から聞こえてくる。

 この話題は、私の知る限り、もう5年ぐらい前からくすぶっていて、時々思い出したようにインターネット上で再燃している。

 今回の再炎上は、フジロック(正式には「フジロックフェスティバル」)という1997年以来毎年開催されている野外ロックフェスティバルに、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の代表理事である奥田愛基氏がキャスティングされたことに端を発したものだ。

 ツイッター上でも「#音楽に政治を持ち込むなよ」というハッシュタグ(特定の話題を #〔ハッシュ記号〕付きの表題でまとめる機能)が登場して、以来、議論が白熱している。

 音楽一般や政治全般の話をする前に、このたびのフジロックに津田大介氏と奥田愛基氏が出演する問題に限定して、私の結論を明らかにしておく。

 現在、ネット上で展開されている論争は、「音楽とは何か」「政治的であるということの実体的な意味はいかに」「反体制の定義」「ロックミュージックにおける政治性とは」「ロックフェスティバルの発祥と歴史を学んで出直して来い」「'60s~'70sのアメリカにおける反体制運動と日本の反自民運動との違いもわからないのか」「つまりミュージシャンは聴衆を折伏する権利を持ってるってわけか」「逆に聞くが、リスナーが音楽家の行動に注文をつける習慣はいつからはじまったんだ」「そもそも政治的でない表現活動なんてものが可能なのか」「有料のアジ演説におとなしく耳を傾ける羊みたいな連中をロックファンと呼ぶわけだな」「観客の言いなりになってサービスに励む人間の奏でる音楽は果たしてロックなのか」「日本を愛さない人間がどうして日本の音楽フェスで説教を垂れるのか」「生理的に気持ち悪いのでできれば消えてくれ」「あんたの政治はあんたの靴の中でやってくれと言っている。広場に持ち出さないでくれ」てな調子で拡散していて収拾がつかなくなっている。

 議論の末端が荒れ狂うのはネット上のディベートの基本仕様みたいなもので、驚くには当たらない。

 野放図に広がってしまった枝葉の部分を無視して、本筋のところに注目すれば、論点は最初からはっきりしている。

 要するに、今回の論争は、一部の論者が

「SEALDsは巣に帰れ」

 ということを言いたいがために引き起こしたものだ。

 彼らは、音楽に政治をからめることそれ自体に反対しているのではない。彼らは、自分たちが気に入らない政治的主張を繰り広げている人物が、多数の若者が集まる場所で話をすることを阻止しようとしている。
 つまり、彼らもまた、極めて政治的な主張をしている。

「音楽に政治を持ち込むな」

 というスローガンは、そう言った方が公共性がありそうに聞こえるからそう言ってみているまでのことで、本音はあくまでも

「SEALDsひっこめ」

 というところにある。

 SEALDsの登場を阻止したい彼らが、自分たちの主張を発信するにあたって、「音楽に政治を持ち込むなよ」というキャッチフレーズを採用した理由は、たとえば空港の建設に反対する人々が、騒音で苦しむ「子ども」や「病人」を前面に押し立てて交渉を進めようとしたり、埋め立て工事で失われる「サンゴ礁」の生き物をポスターの絵柄に持ってくるのと同じことで、要するに「音楽」を「政治的」に利用しているからだ。

コメント59件コメント/レビュー

日本共産党さんは、昔のように純真無垢な理想論だけで我が道を行っていればよかったのに、(旧)民主党の自滅で自公政権批判票が自分のところに集まるようになってきたあたりから、政権奪取への期待からかヘンな色気を出してきて、ときどきやらかしてくれてますよね。

SEALDsが「自発的に行動を起こした学生の集合体」とか、誰も真に受けてませんから。


まあ音楽イベントの件で言えば、べつに坂本龍一だろうが沢田研二だろうが大江健三郎だろうが志位や奥田だろうが櫻井よしこだろうが誰が出ようと一向に構わんと思いますけどね。(2016/06/28 21:25)

「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「音楽は政治と分離できるか」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

日本共産党さんは、昔のように純真無垢な理想論だけで我が道を行っていればよかったのに、(旧)民主党の自滅で自公政権批判票が自分のところに集まるようになってきたあたりから、政権奪取への期待からかヘンな色気を出してきて、ときどきやらかしてくれてますよね。

SEALDsが「自発的に行動を起こした学生の集合体」とか、誰も真に受けてませんから。


まあ音楽イベントの件で言えば、べつに坂本龍一だろうが沢田研二だろうが大江健三郎だろうが志位や奥田だろうが櫻井よしこだろうが誰が出ようと一向に構わんと思いますけどね。(2016/06/28 21:25)

学生闘争時代には紛れもなく「=反体制」であったはずのロックが、今ではジャンルの一つでしかないんですね~
しかし、ロックから「反体制」を取ったら、このジャンルにどれだけの特徴があるというんだ...?

ショパンやショスタコービッチのように、音楽によって政治批判をしていた作曲家もいる。
それが言語か音楽かという違いだけなので、「音楽を政治利用するな」は的外れと感じる。
音楽を利用するな、は著作権所有者以外に言う資格のある者はいない。
チケット代を払った者として、主催者に対し「音楽フェスにトークコーナーはいらん!」とクレームをつけるならならまだわかるけど。
私はそういう場を利用して自分の主張をしたい人には余興としてさせておけば良いと思う。
主催者に文句を言って、主催者がトークコーナーがマイナスにしかならないと判断すれば無くなるだろうし、言っても無くならなければ嫌な人は行かなければいいだけのことだ。
小田嶋氏の言うように、嫌ならそこだけ席を離れるかスルーすればいいだけなのだが...って、
ネット民の間で永遠に続く虚しいバトル、「嫌なら見るな!」「文句言われるのが嫌なら書くな!」にそっくりじゃないですかw
要はスルースキルのない人が騒いでるんですねw(2016/06/26 21:04)

自分はアンチキリストだったり無政府主義者だったり叫ぶ音楽を喜んで聴いていた私からすれば、政治的主張上等なんだけどな。グリーンデイなんかもかなり政治的な歌詞を書いているし、別段シールズの代表を呼ぼうが何をしようが良いんじゃ無いの?私個人としてはシールズは胡散臭いと思っているので話を聞きに行く事は無いですが。(2016/06/26 19:53)

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