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なぜユネスコを恫喝するのか

2015年10月16日(金)

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 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)について、ややこしいニュースが流れてきている。

 いくつかのメディアが報道しているところによれば、ユネスコは、このほど、中国が申請していた「南京大虐殺の記録」を世界記憶遺産(Memory of the World)に登録したというのだ。

 事態を受けて、菅義偉官房長官は、10月12日に出演した民放の番組の中で、ユネスコに拠出している拠出金について「政府として停止、削減を含めて検討している」と表明した(こちら)。

 「ユネスコ」は、私の世代の者にとって特別な価値を持った名前だ。個人的には、「国連」そのものよりもありがたみが大きい。

 というのも、高度成長期の東京近郊に生まれ育った人間は、小学生の時代に遠足などの機会を通じて、埼玉県所沢市にあった「ユネスコ村」を訪れた経験を持っているはずだからだ。

 ユネスコ村は、1951年に日本がユネスコに加盟したことを記念して開演した娯楽・文化施設だ。ちなみに、1951年というこのタイミングは、サンフランシスコ条約が発行して主権が回復する1952年よりも早い。52年に申請して56年に加盟が承認された国連への参加と比べても5年も前だ。つまり、ユネスコへの加盟は、戦後の混乱と孤立の中にあった日本が、国際舞台への復帰を果たす最初のきっかけになった出来事だったわけだ(参考リンクはこちら)。

 それだけに、昭和30年代の子供たちにとって、ユネスコ村はその言葉の響きだけでわくわくさせる対象だった。施設自体も、当時としては珍しいインターナショナルな雰囲気の遊園地だった。園内には、オランダの風車があり、チューリップのお花畑があり、世界の住宅があり、メリーゴーランドが回っていた。

 後年、村内にあった大きな広場は、野外コンサートやイベントが開かれる場所になった。

 私は、高校1年生の時、所沢に住んでいた友人の家に一泊して、当時大人気だった天地真理という歌手がユネスコ村の広場で開催した新曲発表会に出かけたことがある。

 時間どおりに広場に駆けつけた約10万人の愚か者の一人であった私は、運営から渡された色のついた板を手に、人文字航空写真の1ドットとしての扱いに耐えながら、丸々2時間ほど、炎天下のユネスコ村広場に立っていた。

「ごめんねー。真理遅れちゃったー」

 と、ヘリコプターから降り立ったお目当ての歌手がたわけたセリフをほざいた後のことは、あまりよく覚えていない。

 アタマに来ていたからだと思う。
 もしかしたら、私はその時点で帰ったのかもしれない。
 ともあれ、以来、私はアイドルビジネスに心を許したことはない。
 思春期の純真につけこんだ、ネズミ講よりタチの悪い商売だと思っている。

 とはいえ、ユネスコ村に悪印象を抱くことはなかった。
 ユネスコという名前のつくあれこれについて、私たちは、点が甘い。

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「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」のバックナンバー

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「なぜユネスコを恫喝するのか」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官