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あっぱれ、菊池桃子

2015年11月6日(金)

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 3月に骨折した右足は順調に回復している。

 レントゲン写真を見ると、関節内の陥没していた部分の骨も、ほぼ元に戻っている。
 あとは、関節の可動域が拡大して、膝周りの筋力がつけば、以前と同じように自在に走れるようになるはずだ。  現状では、まだそこまでは行かない。

 痛みは無い。
 関節の柔軟性も、正座は無理なものの、あぐらはかけるようになったし、日常生活には不自由しない程度までには回復している。

 10月からは自転車にも乗れるようになった。
 乗り降りの際に若干の不自由(←またがってからでないと走り出せません)はあるものの、ペダルを踏んで走ることに関しては、骨折以前とまったく変わらない。長距離にも対応できる。自転車は、患部に大きな負担をかけずに運動できるので、助かっている。

 膝周りの筋力は、十分に回復していない。
 靭帯が断裂していることもあって、安定性も怪しい。
 なので、まだ走ることはできない。
 階段の登り降りも、手すりなしではきびしい。
 そのほか、杖なしで長い距離を歩くと、疲れが出る。
 まあ、年寄りと同じと思ってもらえば良い。

 困っているのは、実は、そういう単独の動きの部分ではない。
 自覚としては、ゆっくりで良いのなら、ほとんどすべての生活の場面に対応できるようになったと思っている。  問題は、この「ゆっくりで良いのなら」という前提だ。これが、思いのほか許されない。

「ゆっくりじゃダメだよ」
「なにモタモタしてんだ」
「おい、おっさん、立ち止まってんじゃねえよ」
「列を乱すなよ」
「普通に歩けないのか?」
「どけよ」

 と、直接口に出してそう言われるわけではないのだが、都会で暮らしていると、大勢の人間の動きについていけない場面にどうしても遭遇することになる。具体的に言うと、私は、人混みに適応できずにいるわけだ。

 それが、現在の悩みだ。
 これは、第一義的には、俊敏な身のこなしができない私の側の問題だ。
 が、俊敏に動けない人間を排除することで成り立っている局面が各所に配置されているのだとしたら、それは社会の側の問題でもある。

 今回は、時事問題とは距離を置いて、社会とその成員との間にある緊張について考えてみたいと思っている。

 最初に前提のお話をする。
 ちょっと前にツイッター上でも書いたことだが、快適な社会を実現するためには、大雑把にいって、二通りの方法がある。

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「あっぱれ、菊池桃子」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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