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政治利用され続ける中国“元慰安婦”たち

誰も救われない現状をいかに越えるか

2015年11月18日(水)

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 11月12日、山西省陽泉市盂県の西煙村で一人の老女が亡くなった。中国メディアはこれを一斉に手厚く報じた。彼女の名前は張先兎。山西省の"元慰安婦"として90年代後半から2007年にかけて日本の東京地裁、最高裁で行われた中国戦時性暴力被害対日損害賠償訴訟原告の16人の"元慰安婦"の一人であり、最後の生存者だったからだ。折しも、その数日前、東京大学駒場キャンパスで上映された中国人"元慰安婦"たちの証言と人生を記録したドキュメンタリー映画「太陽がほしい」(班忠義監督)を見たばかりなので、なおさらこのニュースが心に刺さった。先の日中韓首脳会談で、中韓が日本を牽制する切り札として持ち出した"慰安婦問題"について改めて考えてみたい。

中国元慰安婦対日損害賠償訴訟原告、最後の一人

 中央ラジオなどによれば、11月12日午前9時15分ごろ、張先兎は西煙村の自宅で亡くなった。長らく病の床にあった。享年89歳。彼女は90年代から2000年代に東京で三度にわたって行われた中国元慰安婦対日損害賠償訴訟の原告16人の一人でもあった。

 彼女が日本軍に連行されたのは1942年の旧正月二日で当時16歳。新婚4日目で、夫は13歳だった。その朝、銃剣を持った日本兵がやってきて彼女を連行したという。夫が日本兵の腕にすがって、連れていかないでくれ、と訴えると、日本兵は夫を銃剣で刺さそうとした。彼女も顔を何度もビンタされた。そして山の上のトーチカにつれていかれ、約20日にわたって監禁され何度も強姦されたという。

 20日後、夫が金を用意して彼女を"買い戻した"。まだ少年ともいえる夫は、この時の恐怖でPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったようで、一生、腕や顔の震えが止まらず、仕事も勉強もままならなかったという。彼女も心と体に傷を負い、ほぼ一生貧しい山村から外に出ることもなかった。

 だが、1992年、中国で最初に旧日本軍から受けた性暴力被害を公に証言した元共産党少女幹部、万愛花が山西省盂県の小学校教師・張双兵や日本の人権派、リベラリストらの支援を受けて活動を開始、彼女も1995年、山西省の他の"元慰安婦"たち15人とともに日中民間の支援を受けて日本政府に謝罪賠償を請求する訴訟を起こすことを決意した。1998年に提訴、2007年の最高裁の判決は請求棄却であったが、彼女らが戦時性暴力の被害者である事実は認められた。

 この16人の山西省の"元慰安婦"たちはこれですべてこの世から去った。張先兎は亡くなる40日ほど前から病が重篤化。最後の瞬間まで、日本政府に謝罪と賠償を求め続けていたが、ついに、彼女の求めていた一言は聞けなかった、と多くの中国メディアは結んでいる。

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「政治利用され続ける中国“元慰安婦”たち」の著者

福島 香織

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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