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任天堂・岩田さんが遺した本当の功績

重圧と戦った4代目社長

2015年8月21日(金)

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 世間はお盆を迎え、それぞれが縁のある故人を偲んだが、筆者はゆっくりと任天堂4代目社長の岩田聡さんのことを思い出した。縁があった、と言うのはおこがましいが、2006年秋以降、取材を通じて随分とお世話になっただけに、偲ばずにはいられない。

 岩田さんが急逝してからもう1カ月が経つ。週明け、7月13日の午前9時前、任天堂広報から「メールをご確認ください」という電話がかかってきた。慌てて確認すると、信じがたい内容のメールが届いていた。

 「当社をご担当頂いている記者の皆様 当社代表取締役社長岩田聡が7月11日土曜日午前4時47分、胆管腫瘍のため京都大学附属病院において永眠いたしました」

今年3月、インタビューで意気軒昂と語っていた岩田聡氏(撮影:小倉正嗣)

 直後、脳裏をよぎったのは、今年3月に任天堂の京都本社でお会いした、岩田さんの意気軒昂とした姿だった。

 その前日にディー・エヌ・エー(DeNA)との業務・資本提携を東京のホテルで発表した岩田さんは、「してやったり」といった調子でいつもの応接会議室に現れ、こう言った。

 「昨日、1時間30分、プレゼンテーションと質疑応答を通じていろいろなお話をさせていただいたんですが、井上さんとお話しすれば、もう少し掘り下げた話ができるかもしれないなと思いましてね」

正統な後継者としての務めをまっとう

 確かに痩せてはいた。「お体の具合いはいかがですか」。最後にそう聞こうと思っていた。が、したり顔で「時が来た」と話し始め、普段は謙虚な岩田さんにしては珍しく強気な発言がいくつも飛び出るのを聞いているうちに、そんな思いは吹き飛んでいた。

 それほど、岩田さんはお元気そうだったし、活力がみなぎっていた。だからこそ突然の訃報は余計に信じられなかった。まさか、あれが最後のインタビューになるとは。大きな喪失感が筆者を襲った。

 しかし呆然とはしていられない。訃報が流れたその日に、「任天堂・故岩田社長の魂は消えず」と題した日経ビジネス2015年7月20日号向けの原稿を書き、入稿した。ただ、わずか1ページの記事に岩田さんの功績を書ききることなど到底、できない。

 岩田さんが遺した功績とは何だったのか。

 2006年秋から今年3月まで、取材を通じて岩田さんの謦咳に触れる機会に多く恵まれた筆者は、「ニンテンドーDS」や「Wii」のヒットとか、財務的な記録とか、そういった表層的なことではない何かを、改めて見つめてみようと考えた。

 まずは過去の取材メモをすべて読み返した。そこで感じたのは、岩田さんは革新的な経営者である前に、任天堂の正統な後継者としての務めをまっとうしていた、ということだった。革新的な商品を世に放ったが、それまでの企業風土や文化を大きく変えたわけではない。

 DSやWiiを立て続けにヒットさせ、任天堂を長く暗いトンネルから抜け出させた後のこと。2006年秋の取材で印象的だったのは、創業家で3代目社長を務めた山内溥氏(取材当時は存命中、2013年に逝去)の名が随所に出てきたことだった。

 ゲーム機やソフトがコアなファンに向けた重厚長大路線に突き進んだ結果、一般人の「ゲーム離れ」が起きてしまった。これに危機感を感じたことが、DSやWiiを開発するきっかけとなった。ゲーム機から離れてしまった人々にもう一度振り返ってもらうにはどうしたら良いかを考え抜いた末、シンプルで直感的で身近なゲーム機とソフトが生まれた。

コメント8件コメント/レビュー

任天堂についての素晴らしい著書と記事を書いてくれた井上理さんに感謝します。

井上さんのこの記事を読むために、会員登録をしました。正直な気持ちとしては、日経なんてもののサービスなど利用する気はないのですが。

DeNAとの資本業務提携のニュースをWBSというテレビ番組では「業績の低迷による方針転換」というように報道していました。

こういう無理解との闘いなんですよね。任天堂の歴史というのは。それはなにも報道する側だけのことではなくて、井上さんが記事に書いてくれているように、同じ業界でゲームを提供している側にもある問題、自分達が持つ哲学とのギャップとの闘いでもある。

だからきっと岩田さんは井上さんと話すのが楽しかったんじゃないかなと思います。
自分の言っていることを過去の自分達の発言や姿勢を憶えて理解してくれている人と深く話せるんだから。

でも、岩田さんは、そういう理解してくれる人だけと話していればいいという人ではなかったですね。理解してもらえていない人に、それこそしつこく何度でもいい続ける人だった。
相手とコミュニケーションが上手くいかないときに決して相手のせいにしない、というのが岩田さんのポリシーだそうですから、本当に意を尽くして伝えようとしていましたね。どんなときも笑顔で。

もっともっと岩田聡さんには活躍してほしかった。本当に悔しくて残念でなりません。(2015/08/30 12:17)

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「任天堂・岩田さんが遺した本当の功績」の著者

井上理

井上理(いのうえ・おさむ)

日経ビジネス記者

1999年慶応義塾大学総合政策学部卒業、日経BPに入社。以来、ネット革命などIT業界やゲーム業界の動向を中心に取材。日本経済新聞への出向を経て2014年4月より日経ビジネスの電機・ITグループ

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

任天堂についての素晴らしい著書と記事を書いてくれた井上理さんに感謝します。

井上さんのこの記事を読むために、会員登録をしました。正直な気持ちとしては、日経なんてもののサービスなど利用する気はないのですが。

DeNAとの資本業務提携のニュースをWBSというテレビ番組では「業績の低迷による方針転換」というように報道していました。

こういう無理解との闘いなんですよね。任天堂の歴史というのは。それはなにも報道する側だけのことではなくて、井上さんが記事に書いてくれているように、同じ業界でゲームを提供している側にもある問題、自分達が持つ哲学とのギャップとの闘いでもある。

だからきっと岩田さんは井上さんと話すのが楽しかったんじゃないかなと思います。
自分の言っていることを過去の自分達の発言や姿勢を憶えて理解してくれている人と深く話せるんだから。

でも、岩田さんは、そういう理解してくれる人だけと話していればいいという人ではなかったですね。理解してもらえていない人に、それこそしつこく何度でもいい続ける人だった。
相手とコミュニケーションが上手くいかないときに決して相手のせいにしない、というのが岩田さんのポリシーだそうですから、本当に意を尽くして伝えようとしていましたね。どんなときも笑顔で。

もっともっと岩田聡さんには活躍してほしかった。本当に悔しくて残念でなりません。(2015/08/30 12:17)

もう任天堂が独自のハードを出す意義も薄れただろう。
ディズニーが独自の映像プレイヤーを出したりはしない。
本当にソフト力があるならスマホでも他機種でも何の問題もないはずだ。むしろ赤字でも安くハードを出さねばならないのは足かせでしかない。(2015/08/25 11:42)

会社の道徳観として課金ソシャゲに参入しないというのは尊重されるべき考え方だと思います。
ただ、株主利益を考えると、ゲーム以外の分野で収益をバランスする事業構成にしておいた方が良かったですね。
携帯・スマホの普及スピードと破壊力がすご過ぎたので仕方が無いですが。(2015/08/22 20:44)

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井上 礼之 ダイキン工業会長