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ホテルオークラ本館、ランタンが消えた夜

2015年9月11日(金)

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2015年8月31日午後11時59分、53年の歴史に幕を閉じようとしているホテルオークラ本館

 ホテルの建て替えを巡って、これほど注目が集まったことはないのではないだろうか。

 創業53年(1962年創業)を誇る東京・虎ノ門にあるホテルオークラ東京本館が8月31日、閉鎖になった。いよいよ本館の建て替え工事に着手し、2019年の新ホテル完成を目指す。新しいホテルは地上38階建ての高層棟からなる近代ホテル。向こう4年間は別館のみの営業を続ける。

 8月31日深夜、記者は同館の営業終了の瞬間に立ち会った。

感極まって泣き出す人も

 この日、ホテルオークラ東京のメインロビー周辺は、名残りを惜しむファンや報道陣500人以上が詰めかけ、ごったがえした。ホテル側は特別な日を、弦楽器のコンサートで送るとともに、普段は非公開の施設の一部を公開した。

メインロビーではフィナーレ・コンサートが開催された

 各界の著名人が宿泊したロイヤルスイートルーム(旧インペリアル・スイート)はフランスの女優ジャンヌ・モローやハリウッド俳優ハリソン・フォード、あるいはリチャード・ニクソン大統領らをゲストに迎えたこともある特別な部屋だ。当時、バスルームの床は敷居を付けるなど高低差を設けるのが普通であったが、床とバスルームをフラットにしたバリアフリーの設計は画期的なものだった。

 国内ホテル最大級の宴会場「平安の間」(約450坪)は開業2年目の1964年にはIMFの総会の会場として使用され、歴史の舞台ともなったことでも知られている。

「平安の間」(写真:荻野紗良)

 日本の伝統美を伝えてきたホテルが消えることは寂しい限りだ。

 ホテルオークラ東京本館の最後を見守ろうと駆けつけた都内在住の国家公務員(65)は「40年来の常連。記憶に焼き付けようと、このひと月だけでも5~6回は来た。それだけ名残惜しい。大きなホテルだが、とても静かなところが好きだった。できれば、建て替えしないで欲しかった」と感慨深げに語った。

 午後11時、メインロビーの象徴、ランタンが消えると感極まって泣き出す客もいた。

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「ホテルオークラ本館、ランタンが消えた夜」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

日経おとなのOFF副編集長、浄土宗僧侶

京都市景観市民会議委員(2016年)、佛教文化学会会員。 1974年生まれ。成城大学文芸学部卒業後、報知新聞社へ入社。2005年日経BP社に入社。日経ビジネス記者などを歴任。2016年4月より日経おとなのOFF副編集長。浄土宗僧侶の顔も持つ。正覚寺副住職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長