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井上康生、かくして名選手は名将になった

日本柔道復活の立役者は徹底したリアリスト

2016年10月17日(月)

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 ベイカー茉秋選手と大野将平選手が獲得した金メダル2つを含め、出場した7選手全員がメダルを手にしたリオデジャネイロ五輪の柔道日本男子代表。全階級でメダルを取ったのは、7階級制に移行した1988年のソウル五輪以降、初めてとなる歴史的快挙だ。

 4年前のロンドン五輪は金メダルゼロという散々たる結果で終わった日本男子。「柔道はもはや日本のお家芸ではなくなった」。そんな世間からの厳しい目が向けられた2012年、篠原信一・前男子代表監督の跡を継いだのが、2000年シドニー五輪金メダリストの井上康生氏だった。

 4年間という限られた時間の中で、井上氏は日本柔道のあり方を大きく変えた。「井上流改革」の全貌については、日経ビジネス10月17日号「編集長インタビュー [柔道全日本男子監督]井上康生 『柔道を窮め、JUDOを制す』」で、井上氏本人が詳しく語っている。是非ともご一読頂きたい。

井上康生(いのうえ・こうせい)氏
1978年宮崎県都城市生まれ。東海大学体育学部卒業。2000年シドニー五輪100キロ級で金メダル。世界柔道選手権3度優勝。2004年アテネ五輪で日本選手団の主将に選ばれたが、準々決勝、敗者復活戦で一本負けを喫した。2008年北京五輪の代表に選ばれず、現役引退。英国に2年間の指導者留学の後、2011年東海大学柔道部男子副監督。2012年、全日本男子代表監督に就任。リオデジャネイロ五輪では7階級全てでメダルを獲得した。
(撮影:村田 和聡、以下同)

 井上氏が男子代表監督として成し遂げた変革の数々は、スポーツの世界に限った話ではない。この記事ではトップのリーダー論という視点から、井上氏がインタビューで語った言葉を読み解いていく。

 ロンドン五輪の惨敗後、監督に就任した井上氏がまず着手したのは、日本柔道界の意識改革だった。その前提として、井上氏は以下のような現状認識を持っていた。

 「世界の柔道は変化しています。これは国際ルールの変更の問題もそうですし、ルールの変更などに伴い、各国が目指す柔道も変わっています。世界標準の柔道である『JUDO』の根底には、精神論的な色々なものがあるのですが、それを抜いても技術的には各国の格闘技があります」

 「ロシアのサンボ、ジョージアのチタオバ、モンゴルのモンゴル相撲、ブラジルのブラジリアン柔術…。各国はこうした格闘技をルーツに独自の柔道を作り上げている。その複合体が今のJUDOになっているんですよね」

JUDOを目指すのではなく「知る」

 「JUDOは各国格闘技の複合体」という認識を踏まえ、井上氏はトレーニングに海外の格闘技の要素を取り入れることを決めた。

 「何事も経験しないと分からない。分からなければ知ろうよと。頭だけでなく体で覚える部分がある。だから実際に取り組むことは非常に重要だと考えて強化トレーニングの中に入れていきました」

 日本柔道界はこれまできちんと相手と組み合い、きれいな一本勝ちを狙う柔道を目指してきた。柔道は日本発祥の武道であるが故に、率先して世界に範を示さなければならない――。そんな理想を追い求めるあまりに、世界標準のJUDOを軽んじ、白眼視する部分があったのも事実だ。そんな意識がロンドン五輪の敗因のひとつにあったと見た井上氏は、トレーニングにJUDO対策を盛り込むことで選手、コーチ、スタッフ、そして柔道界重鎮らの意識改革を促した。

 「武道としての柔道とスポーツとしてのJUDO。継承すべきものは継承し、取り入れるべきものは新しいものを取り入れる。そんな心を持ちながら2つをミックスすることで、より大きな力が生まれると思っています」

 「細かい部分になると、JUDOの否定まではしないが、あれは柔道ではない、と。『柔道と言えるのか』という議論はありましたが、我々はJUDOを目指す必要はありません。されど、世界と戦って勝つためにはJUDOを研究し、知ることが必要になります。ですので、良いところは認めようよという意識の改革を進めました」

 井上氏の現実主義的な考えが端的に表れているのが、男子100キロ超級の決勝戦に対する評価だ。

 世界選手権7連覇中の絶対王者、フランスのテディ・リネール選手が原沢久喜選手を下した決勝戦後、最後まで組み合おうとしないリネール選手の姿勢に国内から多くの批判の声が上がった。

 そんな世間の評価とは対照的に、井上選手は「私は完敗だと認めています」と淡々と語る。

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「井上康生、かくして名選手は名将になった」の著者

林 英樹

林 英樹(はやし・えいき)

日経ビジネス記者

大阪生まれ。神戸大学法学部卒業後、全国紙の社会部記者として京都・大阪で事件を取材。2009年末に日本経済新聞社に入り、経済部で中央省庁担当、企業報道部でメディア・ネット、素材・化学業界などを担当。14年3月から日経BP社(日経ビジネス編集部)に出向し、製造業全般を取材している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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