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北方領土で見た、日本領を証明する「石」

現地ルポ:3度のビザなし交流に参加して

2015年10月26日(月)

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国後島中心部の広場にある巨大レーニン像
 

 日露首脳会談が9月に再会した。北方領土交渉の前進に期待が膨らむ。

 その「現場」は今、どういう状況なのか。筆者は北方領土に過去3度、ビザなし交流団員として訪れている(2012年択捉島、2013年色丹島、2015年国後・択捉島)。取材の主たる目的はロシアの実効支配の現実をウオッチすることである。

 現在、北方領土は2007年から始まった連邦プログラム「クリル社会経済発展計画」によって、開発が進んでいる。交通、通信などのインフラが急速に整いつつあり、規模の大きな建造物も増えてきた。

 例えば択捉島の道路のアスファルト舗装は3年前にはわずか1kmだったが、今年7月に現地を訪れた際には主要道路はほぼ舗装を終えていた。2400mの滑走路を備えた空港も開業。島の「ロシア化」が、いよいよ鮮明になってきた印象を受ける。

 島の開発の様子は日経ビジネス本誌(9月28日号)で紹介している。ここでは、別の側面から「実効支配の現実」を紹介したい。

国後島では道路の舗装工事が進んでいる

戦前の郵便局がこの夏、消滅

 ロシアの実効支配は、「遺構の消滅」という形でも強まっている。いよいよ、かつての日本の形跡が、完全消滅の時期を迎えているのだ。特に経年劣化する木造建築は深刻だ。終戦直後のソ連侵攻以前は、北方四島には3250棟の日本建築が存在していたとされている。しかし、そのほとんどが60年代までに壊されるか、朽ち果てた。

 そして今年夏、わずかに残された重要な遺構が消えた。択捉島の中心・紗那にあった旧逓信省の紗那郵便局だ。

 筆者が2012年夏に訪問した際には、その存在を確認できていた。屋根は朽ちていたが、保存は可能かと思われた。

今年夏まで現存していた紗那郵便局(2012年撮影)

 紗那郵便局は、かつてソ連の侵攻を日本本土に最初に打電したことで知られる。戦争遺産としても貴重な存在だ。だが今年、筆者が再訪した際、取り壊されて更地になっていて、落胆した。択捉島の行政府からは、訪問のわずかひと月前の今年6月に解体した、との報告があった。

 日本側はロシア当局に保存を求め続けていたが叶わなかった。ロシアの法律では補修などを伴う保存には、連邦政府や州への届け出が必要になる。行政上の手続きを踏めばロシアの管轄権を認めることになるため、日本側は容認することができない。結局、保存のための打開策は見いだせなかった。これも、領土交渉が長引いていることの弊害だ。

 郵便局の取り壊しによって、現在、北方四島に残る戦前の木造建築は、38年に築造された紗那國民學校のみになったと推測される。しかし、この学校もクリル社会経済発展計画に伴う街の再整備で近く取り壊される予定だという。

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「北方領土で見た、日本領を証明する「石」」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

日経おとなのOFF副編集長、浄土宗僧侶

京都市景観市民会議委員(2016年)、佛教文化学会会員。 1974年生まれ。成城大学文芸学部卒業後、報知新聞社へ入社。2005年日経BP社に入社。日経ビジネス記者などを歴任。2016年4月より日経おとなのOFF副編集長。浄土宗僧侶の顔も持つ。正覚寺副住職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師