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「最前線」金門島で実際に見た台湾・中国関係

複雑に絡む利害、微妙な距離感

2016年8月2日(火)

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 台湾海峡には金門島や馬祖島といった、台湾(中華民国)の実効支配下にありながら中国本土(中華人民共和国)から目と鼻の先の島がいくつかある。筆者は会社の夏休みを利用して、金門島を今回訪れた。
■台湾(中華民国)が実効支配する金門島と中国本土との位置関係、
そして今回の旅行の経路

台湾は猛暑続きで汗まみれ

 7月中下旬は台風が次々と襲来することが多く、台湾では観光のオフシーズン。ところが今年は異常気象で台風の発生が極端に少ない。このため金門島と台湾本島の都市(嘉義および台北)に筆者が滞在している間、お天気はほとんどの時間、晴れだった。その代わりに猛暑続きで、外を歩き回る筆者のポロシャツは、一日に数回汗まみれ。夕方には乾いた塩分が白い線になって浮かび上がっていた…。

 実は、筆者の今夏の一人旅の行き先としては、バングラデシュが有力候補になっていた。ところが、「地球の歩き方」を読んだ翌日にバングラデシュのダッカで飲食店襲撃テロ事件が発生したため、取りやめとなった。ほかの行き先を再検討する中で、台風が発生しないかどうか、天気図や現地の天気予報を毎日にらんだ上で、休暇入りの数日前になってようやく、台北往復(国内線への乗り継ぎが楽なように台北中心部にある松山空港発着便)のチケットをインターネットで購入した次第である。

金門島と大陸の間で砲声が止んだのは1979年

 1946年からの国共内戦で敗北濃厚になった蒋介石率いる国民党・中華民国政府軍は、1949年に台湾に撤退して拠点とした。そして、大陸にきわめて近いものの彼らが支配下に置き続けた金門島は、1958年夏から秋に中国共産党の人民解放軍によって大量の砲弾が撃ち込まれるなど、最前線の島になった。台湾海峡の緊張状態に米国が介入したため、共産党政権は武力による台湾制圧を断念。しかし、その後も大陸と金門島との間では形式的な砲撃が続けられ、砲声が止んだのは1979年に米中国交正常化が実現してからのことだった。

 台北・松山空港で国内線のチケットを買って、1時間ほどのフライトで金門空港に到着。インフォメーションで宿を予約してもらってから(週末のためほとんどの宿が満室な中、電話をかけまくって一生懸命探してくれた若い女性担当者に感謝!)、タクシーで街に向かうと、景色はのんびりした田舎の風情である。

 けれども、島のあちこちに防空壕や基地として使用された長い地下トンネルがあるほか、北側の海岸には上陸用舟艇の接岸を防ぐためレールを砂浜に斜めに刺した障害物が今でも多数埋め込まれており、最前線の島だったことがよくわかる。

海岸の障害物と対岸のアモイの高層ビル群

コメント1件コメント/レビュー

感想など

筆者は、ご存知なかったのか、あえて紹介しなかったのかは不明だか、このコラムで、旧日本陸軍根本博中将についいて触れられていない。台湾で金門島と言えば、蒋介石と特別な交流のあった根本博中将の功績が広く知られている。今でも「あの戦争で死ななかったのは日本人の根本中将のお陰だ」と言う台湾人も多いと聞く。互の国を訪れる旅行者が年々増える中、日台友好の歴史として、日本人も以下の史実を知っておいた方が良いと思う。

日本軍撤退後に再発した中国国民党と中国共産党による第二次国共内戦(1946~1949)では大陸部では共産党が勝利し台湾も飲み込まれようとなった。蒋介石と懇意であった根本博旧日本軍陸軍中将。国共内戦で国府軍が大陸から駆逐されようとしていた絶体絶命のピンチにあった時に、日本から台湾に密航し、国府軍を補佐して金門島で共産軍を撃滅した。根本中将のおかげで台湾の共産化が阻止され、日本のシーレーンの安全も確保された。(2016/08/03 23:24)

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「「最前線」金門島で実際に見た台湾・中国関係」の著者

上野 泰也

上野 泰也(うえの・やすなり)

みずほ証券チーフMエコノミスト

会計検査院、富士銀行(現みずほ銀行)、富士証券を経て、2000年10月からみずほ証券チーフマーケットエコノミスト。迅速で的確な経済・マーケットの分析・予測で、市場のプロから高い評価を得ている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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筆者は、ご存知なかったのか、あえて紹介しなかったのかは不明だか、このコラムで、旧日本陸軍根本博中将についいて触れられていない。台湾で金門島と言えば、蒋介石と特別な交流のあった根本博中将の功績が広く知られている。今でも「あの戦争で死ななかったのは日本人の根本中将のお陰だ」と言う台湾人も多いと聞く。互の国を訪れる旅行者が年々増える中、日台友好の歴史として、日本人も以下の史実を知っておいた方が良いと思う。

日本軍撤退後に再発した中国国民党と中国共産党による第二次国共内戦(1946~1949)では大陸部では共産党が勝利し台湾も飲み込まれようとなった。蒋介石と懇意であった根本博旧日本軍陸軍中将。国共内戦で国府軍が大陸から駆逐されようとしていた絶体絶命のピンチにあった時に、日本から台湾に密航し、国府軍を補佐して金門島で共産軍を撃滅した。根本中将のおかげで台湾の共産化が阻止され、日本のシーレーンの安全も確保された。(2016/08/03 23:24)

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