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満州事変の進路を変えた犬養内閣の陸相人事

知られざる昭和陸軍のキーパーソンたち(中編)

2015年8月6日(木)

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1945年の終戦から70年が経った。
これだけの月日が経ってもなお、我々は、この戦争に端を発する問題と直面し続けている――慰安婦問題、韓国徴用工訴訟、閣僚による靖国神社参拝の是非…。
そこで、あの戦争がなぜ起こったのかを改めて考える。
今回のテーマは「昭和陸軍のキーパーソンたち」だ。

本来なら上意下達が不文律であるはずの陸軍で、満州事変を機に下克上の風潮が広まった。関東軍と共に満州事変を進めた一夕会のメンバーは、彼らに近い荒木貞夫を陸軍大臣に就け宇垣派をパージすることに成功する。

中編では、一夕会による陸軍大臣の掌握と、下克上を振り返る。(司会は森 永輔・日経ビジネス副編集長)

(前編はこちら

そういう流れだったのですね。なんとか一夕会と関東軍を抑え込んだにもかかわらず、政権が若槻礼次郎・民政党内閣から犬養毅・政友会内閣に代わって、荒木貞夫が陸軍大臣に就任すると方針が変わってしまった。そして、満州国の建国へと進んでいった。

 陸軍大臣が代わると、陸軍全体の政策がころっと変わるものなのですか。

川田:そうなのです。そこを理解するためには、陸軍内部の話をする必要がありますね。当時、宇垣派が抑えていたのは陸軍の部局長以上でした。部局長というのは陸軍省の局長以上と、参謀本部の部長以上です。

川田 稔(かわだ・みのる)氏
日本福祉大学社会福祉学部教授、名古屋大学名誉教授。専門は政治外交史、政治思想史。1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了。名古屋大学環境学研究科教授などを経て現職。法学博士。著書に『戦前日本の安全保障』『浜口雄幸と永田鉄山』『昭和陸軍全史1~3』など。

 ところが課長級もしくはそれ以下は、宇垣派と考えの違うグループが占めていました。その1つが一夕会です。約40人のグループで、中心は永田鉄山、小畑(おばた)敏四郎 、岡村寧次(やすじ) の3人。陸軍士官学校の17期の同期です。

 彼らには方針が3つありました。第1が陸軍人事の刷新。具体的には宇垣派を排除することです。第2が満州問題の解決。その含意は軍事的解決です。そして第3が荒木貞夫、真崎甚三郎、林銑十郎という3将官の擁立です。彼らを陸軍大臣にする。

 第2の満州問題の軍事的解決について、一夕会で話し合った記録からは具体的内容は分かりません。ただ、一夕会の前身である木曜会は満蒙領有を決定しています。木曜会のメンバーが一夕会の中に入っているので、おそらく一夕会の核心部分には満蒙領有という考え方があっただろうと思われます。ちなみに木曜会には先ほどの永田と岡村のほか、後に首相になる東條英機もコミットしていました。

 満蒙領有の基本は中国の主権を否定することです。これはもう明らかに九カ国条約*に違反しており、ワシントン体制とぶつかります。そういう考え方が一夕会の中核部分に受け継がれていた。

*:ワシントン体制の要となる条約の1つ。中国の主権尊重と領土保全を定めた。

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「満州事変の進路を変えた犬養内閣の陸相人事」の著者

森 永輔

森 永輔(もり・えいすけ)

日経ビジネス副編集長

早稲田大学を卒業し、日経BP社に入社。コンピュータ雑誌で記者を務める。2008年から米国に留学し安全保障を学ぶ。国際政策の修士。帰国後、日経ビジネス副編集長。外交と安全保障の分野をカバー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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