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武藤章:日中戦争と太平洋戦争の引き金を引いた男

知られざる昭和陸軍のキーパーソンたち(後編)

2015年8月7日(金)

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1945年の終戦から70年が経った。
これだけの月日が経ってもなお、我々は、この戦争に端を発する問題と直面し続けている――慰安婦問題、韓国徴用工訴訟、閣僚による靖国神社参拝の是非…。
そこで、あの戦争がなぜ起こったのかを改めて考える。
今回のテーマは「昭和陸軍のキーパーソンたち」だ。
盧溝橋事件の拡大、南方(東南アジア)への進出――結果論ではあるけれども、日本を悪い方へ導く決断をした男がいた。武藤章だ。彼は当時の状況をどのように判断し、決断したのか。その過程を追う。(司会は森 永輔・日経ビジネス副編集長)

(中編はこちら

ここからは、武藤章についてお話をいただければと思います。一般の人はほとんど知らない人物です。しかし、日中戦争が始まり太平洋戦争へと拡大していく過程の節目、節目で大事なことを決めています――盧溝橋事件の拡大、南方(東南アジア)への進出方針。結果論ではあるけれども、彼が下したこれらの決定は、日本を悪い方へ、悪い方へと導きました。

 そこで、武藤章という人物の位置付けと、彼が下した決断についてご意見をお伺いできればと思います。

川田:永田鉄山とか小畑(おばた)敏四郎、岡村寧次(やすじ)らが中心になって一夕会を作ったという話をしました(前回)。武藤章も一夕会のメンバーです。武藤は永田から強い影響を受けました。

 永田が参謀本部の情報部長だった時、武藤は、情報部長が直轄する総合班の班長を務めていました。情報部は支那課とか欧米課などの課を抱えています。各課から上がってくる情報をまとめるのが総合班で、永田が創設しました。そこに武藤が入り、二人は非常に密接な関係を築いた。だから、武藤は永田の後継者であると言って差し支えないでしょう。

 なので、まず永田の話をしましょう。

永田鉄山:次期大戦に備え華北・華中の資源を押さえろ

川田 稔(かわだ・みのる)氏
日本福祉大学社会福祉学部教授、名古屋大学名誉教授。専門は政治外交史、政治思想史。1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了。名古屋大学環境学研究科教授などを経て現職。法学博士。著書に『戦前日本の安全保障』『浜口雄幸と永田鉄山』『昭和陸軍全史1~3』など。

 一夕会の中心である永田は、第1次世界大戦を経験した後、「次期大戦が必ず起こる」と考えていました。そして、それに日本は必ず巻き込まれると。巻き込まれることが確実ならば、それに対処する国家総動員体制を作る準備が必要になる。

 この観点から彼が重視したことが2つあります。1つは工業生産力を上げること。もう1つは資源の自給です。資源の自給について永田が考えていたのは中国、特に華北と華中の資源でした。これを抑えれば国家総力戦に必要な資源を賄うことができると計算していたのです。

 今から考えたら、当時のアメリカとイギリスの力は圧倒的で、次期総力戦は彼らが必ず勝つと思います。しかし、永田は「そんなことは分からない」と考えていた。だから日本は、どちらの側に付くかを自主独立して決める選択肢を保持しておく必要があると。

 宇垣派の考えはアメリカの資源に頼るものでした。従って、基本的にアメリカの方針にならって動くしかない。永田は「それはまずかろう。有利な陣営にフリーハンドでコミットできる体制を維持しておく必要がある」と考えた。永田は、宇垣派が支持する対米英協調に距離を感じていたと私は思っています。

 永田は、次期世界大戦はどこで起こるかも考えていました。彼が出した答えはドイツです。ドイツは1935年にいわゆる再軍備宣言をして、ヴェルサイユ条約を破棄します。

 これによって、いよいよ欧州で火が吹く可能性が出てきました。それまでは理論的な可能性だけだった次期大戦が現実に起こる可能性を帯びてきた。永田は「中国の資源に足がかりをつける必要がある」と考えました。

 この時、華北分離工作というものが現地で始まっていました。華北にいる親日的な人たちを集めて、彼らに政権を作らせ、政治的な手法で華北の資源を確保するものです。軍事行動によって資源を確保しようとしたら大変なことになりますから。

 当時、陸軍の実務面でのトップである陸軍省軍務局長を務めていた永田は、この工作を彼のコントロールの下で進めるようにしました。

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「武藤章:日中戦争と太平洋戦争の引き金を引いた男」の著者

森 永輔

森 永輔(もり・えいすけ)

日経ビジネス副編集長

早稲田大学を卒業し、日経BP社に入社。コンピュータ雑誌で記者を務める。2008年から米国に留学し安全保障を学ぶ。国際政策の修士。帰国後、日経ビジネス副編集長。外交と安全保障の分野をカバー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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