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冷戦で、日本は米国の航空技術に中毒したんです

オリンポス・四戸哲氏インタビュー(その1)

2018年3月2日(金)

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開発中の国産旅客機「MRJ」

 周知の通り、三菱重工業(※)が開発している旅客機「MRJ」の納期がずるずると遅れている。2008年の開発開始当初は、「2011年初飛行、2013年に納入開始」としていたものが、これまでに5回の延期を経て、現在は2020年半ばの納入開始予定となっている(※より正確に言えば三菱重工業がMRJ開発のために設立した子会社、三菱航空機が開発しているが、本稿では実態に合わせ三菱重工業と書かせていただく)。

 実に8年の遅延。この間に、新型のギアードターボファンエンジンの採用など、MRJの優位点とされていた技術をライバル社が採用するようになるなど、市場での優位性は薄れつつある。

 日本航空産業の復活を期待され、希望に満ちた開発開始から10年、いったい何があったのか。

 三菱重工業単体のプロジェクト管理がもちろん最大の問題だが、そのような管理を行った背景、根底には、日本の航空機産業自体の構造的な問題が横たわっているのではないか。

戦後の航空産業史から構造問題を読み解く証人

 そのような設問に中立的な立場から答えられる人を、私は一人しか知らない。有限会社オリンポスの四戸哲(しのへ・さとる)社長である。

 東京・青梅に本社があるオリンポスは1985年創業の、小型航空機の開発、製作、販売を主な事業とする従業員8名の小さな会社だ。

 が、三菱重工や川崎重工など防衛省関連の航空機を開発・製造するメーカーを除外すると、オリンポスは日本でゼロから航空機を開発・製造した実績を持つほぼ唯一のメーカーである。四戸氏は、幼少時から航空機開発を志して日本大学理工学部航空宇宙工学科に進学し、第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍した航空機設計者の故・木村秀政博士の支援を受けてオリンポスを設立した。

 最近ではメディア・アーティストの八谷和彦さんが開発しているアニメ「風の谷のナウシカ」(宮崎駿監督)に登場する架空航空機「メーヴェ」そっくりの機体「M-02J」が四戸氏の設計である。その他、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実験航空機の開発にも参加するなど、多方面で実際に人が乗れる航空機の設計と製造を行っている。

 とはいえ、MRJは90座席級の旅客機で、オリンポスが設計・製造してきたのは1人乗りのグライダーや小型機だ。四戸氏が、いったいMRJについて何を語ることができるのか、と、疑問に持つ方もいるだろう。だから、これまで氏に話を聞きに行く人は(おそらく)いなかった。

MRJも小型機も、力学と許認可の基本は同じ

 実は、快適装備などはさておいて、「空を飛ぶ機械=航空機」として見れば、グライダーと旅客機との間には大きな差はない。

 航空機は流体力学の法則にのっとって飛ぶ機械だ。大きくとも小さくとも、機体に働く物理法則は同じ。小は模型飛行機から、大はエアバスA380のような巨大旅客機に至るまで「飛ぶ物理的原理」は同じなのだ。陸上の乗り物なら地面の上で車輪が回れば取りあえずは動くが、航空機は物理法則を無視すると飛ぶことすらかなわない。

 さらには機体を構成するための構造力学も、機体の形式や構造も、機体が大きかろうが小さかろうが、基本は同じなのである。

 そして、航空機を巡る、許認可を含めた社会制度はといえば、これまた「大型も小型も基本は同じ」なのだ。小型機における四戸氏の経験を敷延すれば、そのままMRJのような旅客機の世界につながっているのである。

 晩秋のある日、松浦と担当編集のY氏はインタビュー場所に指定された倉庫に赴いた。

 場所は東京都立川市の立川駅近く、立飛ホールディングスが所有するその倉庫の中で、四戸さんはグライダーを製造している真っ最中だった。倉庫の作業スペース横には、明るいオレンジ色に塗られた古い飛行機が2機。実は立飛ホールディングスは、太平洋戦争中は立川航空機という名称で航空機を製造していた。倉庫にあったのは、敗戦後の昭和27年(1952年)、サンフランシスコ講和条約の発効と共に日本での航空機の研究・製造が解禁となってすぐに、立川飛行機の後身、新立川飛行機が開発・製造した機体「R-53」と「R-HM」だった。

R-53
R-HM

コメント23件コメント/レビュー

> 日本人がプロジェクトマネージャ等に向いていないのではなく,向いている人間をその立場に置かないことが問題である。
この意見に同意します。
あと、そういう人材の育成にあまり関心がないですよね。一般技術者が経験を経れば自動的にPMになると思っている。(2018/05/07 09:40)

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「冷戦で、日本は米国の航空技術に中毒したんです」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

> 日本人がプロジェクトマネージャ等に向いていないのではなく,向いている人間をその立場に置かないことが問題である。
この意見に同意します。
あと、そういう人材の育成にあまり関心がないですよね。一般技術者が経験を経れば自動的にPMになると思っている。(2018/05/07 09:40)

>最近の若者には「疑問を持つ能力」が劣化している気がする。

別に最近ではない。大学の設計製図の課題でYS-11の主桁構造のトレースがあったが,手本の図面はYS-11の複数の型の図面が混じっており,そのままではトレースできないものであった。しかし,10年以上それに疑問を持つ者はいなかった。今から四半世紀以上も前のことである。

また,これも四半世紀以上前から指摘していることだが,日本ではプロジェクトマネージャが一般技術者の,システムエンジニアがプログラマの出世の結果だとされていることである。プロジェクトマネージャやシステムエンジニアは,それらの双六の上がりではなく,別の素養,教育・訓練が必要である。

日本人がプロジェクトマネージャ等に向いていないのではなく,向いている人間をその立場に置かないことが問題である。(2018/03/10 02:44)

「一度目(MU-300)は知らなかったで済むけど、二度目(MRJ)はなーだけど、それを技術の問題にすり替えて三菱をディスるのは違うと思う。」学習能力も無いし実際型式証明を取る技術も無いわけですよ。それがMRJの最大の問題。単に高性能な機体や部品を作るだけでは駄目なんですよ。部品の品質、素材の品質、個々の部品の安全性、全体の安全性、部材の購入ルート、予備部品の販売ルートやその管理etc.etc.が全て揃ってないといけないのです。完成機メーカが型式証明取る最も早いルートは型式証明を取った企業から型式証明取れた部品か取れる予定の部品を最初の段階から設計に盛り込む事です。そして安全性の為の冗長設計を過去の不具合や事故の事例や想定しうる事故等を元に配置し配線をして組み合わせる。その上で各種試験を実施し確実に動作する事を検証する、飛行試験で問題が生じない事を確認する、安全性の確認をするetc、一連の事を(書類など文書管理を含め)完璧にやりきって初めて型式証明が取れるわけです。十分技術的な問題だと思いますが。そう言う経験が無いのに天から技術が降ってきて喜んでいるから高性能な機体や部品ができればOKみたいな勘違いが起こるのです。それは最初の一歩であってゴールでは無いのです。(2018/03/05 21:09)

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