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「規則正しい生活」信仰を疑ってみる

現代人の生活を“一味違った角度”から再考する

2018年3月15日(木)

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なぜこれほどまでに「規則正しい生活」信仰が広まってしまったのか(写真:PIXTA)

 うつ病などで休職中のクライアントが、会社の健康管理室などで「規則正しい生活をしなければ、治りませんよ」と言われたという話を、よく耳にします。

 もちろん、主治医である精神科医や心療内科医たちも、このようなアドバイスを必ずと言っていいほど患者さんたちに行なっていることは、私も重々承知しています。かく言う私も、ある時まではそんなアドバイスをしていた一人だったのですから。

 しかし、なんでも疑ってみないと気が済まない私は、ある頃からこれは本当のことなのだろうかと強く疑いを抱くようになりました。そして結果としては、この考え方には根本的な間違いがあると確信するようになったのです。

 現在は私は、クライアントに「療養中は、眠くなったら寝る、起きられる時間に起きるような自由な生活」を推奨するようになり、自宅療養でよく見られる「昼夜逆転」もそのままで経過を見ていくようにしています。この方法を採るようになって、クライアントには特にマイナスの影響は認められませんし、それどころか、むしろ従来のやり方よりもはるかに良好な経過をたどることが多いという手応えを得ています。

 それにしても、なぜこれほどまでに「規則正しい生活」信仰が広まってしまったのでしょうか。この問題について、今回は少々掘り下げて考えてみたいと思います。このテーマは、必ずしもメンタルな問題を抱えていない方たちにとっても、現代人の生活のバックグラウンドを一味違った角度から考えてみる、一つのきっかけになるのではないかとも思うのです。

時計の時間はいつからあったのか?

 言うまでもなく、「規則正しい生活」とは、毎朝決まった時間に起きて、決まった時間に食事をし、決まった時間に就寝し、一定の睡眠時間を確保することを指しているわけですが、まずは、ここで基準となっている「時間」というものについて考えてみましょう。

コメント16件コメント/レビュー

確かに、健康でないと規則正しい生活は確かに送れないですね。
考えられるお話です。(2018/03/21 12:20)

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「「規則正しい生活」信仰を疑ってみる」の著者

泉谷 閑示

泉谷 閑示(いずみや・かんじ)

精神科医、作曲家

東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、財団法人神経研究所附属晴和病院などに勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。現在は、精神療法を専門とする泉谷クリニック院長。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

確かに、健康でないと規則正しい生活は確かに送れないですね。
考えられるお話です。(2018/03/21 12:20)

実際に経験した立場から言える事だが、規則正しい生活をしても全く改善できない。
なぜなら、朝05:00に起きて、早ければ21:00、遅くても00:00には寝るという生活を数年続けても、病気は寛解しない。
それに個人差も含めて考えれば、必ずしも規則正しい生活が病気の改善に結びつくかというと疑問を抱かざるを得ない。
世の中超睡眠・短睡眠の人も居るし、体調によって睡眠時間の長短はあるのだから、一括りにする事はそもそも無理な話だと思う。
本当にヒドいときは規則正しい生活なんて考える事も出来ない。
多分一般論でしか考えられない人にはこの病気の事は理解できないだろう。
そう言う人間がこういう病気を増やす原因の一つだと思う。
そう言う人間は得てして自分以外の人間の事を理解しようとしていない事が多い。
何でも自分基準で考えるのは時代遅れだというのに。
その内自分に返ってくるので、精々苦労すれば良い。(2018/03/19 15:01)

論理学の基本に返って妥当性を形式的に考えてみると物事のおかしさに気づけることを、この睡眠に関する話題でハッと気づかされました。書かれていることは、とても受け入れられるもので、クライエント側に寄り添った言葉だと感じます。

論理の部分について、「→」で表される手段を考えることが大事なのと同じように、「A」や「B」の役割(以下では評価か現象か)を考えないといけないので、思考のプロセスは期待したいほど機械的に単純化できない気がしました。

---

「治った」→「規則正しい生活をしている」
A → B

「規則正しい生活をしていない」→「治っていない」
not A → not B

これらは、論理学の形式では正しい。


ここで、A, B といった記号ではなく、それらが現象を意味するか評価を意味するかで見てみる。

「規則正しい生活をしていない」: 現象
「治っていない」: 評価
「規則正しい生活をしていない」→「治っていない」
現象 → 評価

この思考の順番は、おかしくない。


しかし、最初の関係の場合、

「治った」: 評価
「規則正しい生活をしている」: 現象
評価 → 現象

評価から現象が導かれるというこの関係は、おかしい。
常識的には現象 → 評価の順だから、むしろ「規則正しい生活をしている」→「治った」という思考が自然に見える。
「治った」を評価結果だとみなしたときに成り立つこのようなパターンは、日常的に多くあるように思う。(2018/03/17 21:40)

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