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東京時間と地方時間―東京スタンダードとの離反

2017年2月21日(火)

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 東京に出てきたばかりの頃、山手線の駅で乗り換えるとき、周囲の人が皆、駆け足で移動しているのに驚いた。自分の故郷のように電車が一時間に一本しかないというような所ならわかる。東京では大概数分間隔で電車は来るのに、なぜ人々はこう急ぐのかが私には不思議でならなかった。

 ところが、東京に移り住んで間もなくすると、私も乗り換えの時は、早足で移動するようになってしまった。約束時間に間に合うことがわかっていても、電車がホームに到着していると、閉まりそうになるドアにぎりぎりでも飛び込もうとする。それが当たり前のようになってしまった。

 東京は、人や技術、資金、情報に関して世界有数のハブとなった。ビジネスに必要なリソースはみんな東京に揃っているから、これらを上手に結びつけることがビジネスで成功する秘訣だった。かくして東京に住む人はたとえ電車に乗っていても本や新聞、今ならスマホを見ながら、せわしく移動する。こうした大都市の生活様式は今に始まったことではなく、100年以上も前に夏目漱石がロンドンで同様の風景を観察し、批判的に述べている。「諸氏の精神状態は、Restless(休息なし)に烈しく落ち着きがない。兎に角多忙で、次から次に移って行く。事物を能く含味する暇がない」。

 分刻みに移動している自分に、ビジネスマンとしての成長を重ねてみる人もいた。つまり多忙な人こそ重要な人なのであるという錯覚である。昔、「忙」という字は立心偏(りっしんべん)、即ち心を亡ぼすと書くのだと言っていた人がいたことを思い出すが、働き盛りの真っただ中にいた自分も、当時はこんなことは冴えないシャレぐらいにしか聞こえなかった。

 産業革命成功のポイントは、圧倒的な技術力、つまりイノベーションと資本とのつながりであると言われている。この二つが互いに補完し合う形で強固なビジネスモデルに発展していった。このモデルがグローバルな展開にまで発展していったのは、通信技術とロジスティックの発達である。東京もこうした条件を整えながら成長をしてきた、産業革命の落とし子とも言える都市なのである。

戦後進んだ「東京スタンダード」

 私は地方出身であるが、中学卒業時、多くの同級生が「金の卵」として首都圏の企業に就職していき、その親世代の人たちは、まもなく始まる東京オリンピックに向け、出稼ぎとして首都圏に向かった。この結果、地方には15歳から65歳までのいわゆる「生産者人口」が減り、15歳未満の年少者と65歳以上の高齢者だけが残ることになったのである。

 一方、東京は全国の生産者人口を集めて「人口ボーナス」の恩恵を受け、高度成長を突っ走ることになる。当然のことながら地方は従属人口化した「人口オーナス」の典型となっていく。結果論のようだが、現在の地方人口の減少と衰退の萌芽はすでにこの時に始まっていたといえるだろう。

 東京を中心とした新幹線や高速道路などのインフラ整備や、テレビ放送、電話網など通信インフラの発達は、地方からのリソースを東京に集めただけでなく、生活様式の変化を伴うビジネスモデルが急速に地方に伝播することにもつながった。こうして企業は地方に工場を建設したり、支店を設立したりしていったのである。製品需給の視点で言えば、都市で開発、試作されていたものが、地方で大規模に製造され、これが都市に入ってきて消費されるという好循環を生んでいったのである。

 製造業によって規格化された工業製品が世の中に出回ったことに少し遅れて、サービス業でも規格化・単一化が進んだ。コンビニンスストアという規格店舗は消費者ニーズに合わせた品揃えと営業時間の長さを売りに、瞬く間に地方都市にも広がった。ほぼ時を同じくして、いわば「東京スタンダード」で作られたメニューを持つ飲食店がチェーン展開によって地方に押し寄せてきた。地方発の商品は個々の品質では競えても、品揃え、低価格と手軽さでの競争で立ち向かうことは難しかった。

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「東京時間と地方時間―東京スタンダードとの離反」の著者

中鉢 良治

中鉢 良治(ちゅうばち・りょうじ)

産業技術総合研究所理事長

1977年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了。同年、ソニー入社。2005年、同社取締役代表執行役社長に就任。2013年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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