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ガンプラを買ってもらえなかった鳥越社長

相模屋食料・鳥越淳司社長(第3回)

2016年7月20日(水)

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相模屋食料を全国区にした「ザクとうふ」
©創通・サンライズ

 相模屋食料の社長・鳥越淳司氏は京都・西山のふもとで育った。

 戦国時代、明智光秀が主君、織田信長を襲うため「敵は本能寺にあり!」と山を下った、そのあたりに実家があるという。今でこそ、おとうふの業界を一変させる存在と注目される鳥越だが、彼は小学校低学年のころは、「ガキ大将チームの端っこにいる子で、目立つこともなく、友達も少なかった」と言う。

 ところが、小学校4年生の時に、彼の世界観が変わるできごとがあった。

 「学級委員を決めることになった時です。誰も立候補しなかったので、恐る恐る『なら僕が』と手を挙げてみたんですね。『誰も賛同してくれなかったら嫌だな』なんて思いながら(笑)」

 特に否定されることもなく、彼は学級委員になった。

 「それまで『学級委員など僕にできることじゃない』という前提で考えていたんです。でもこの時から『できるじゃん』、なら、いろんなことを『とりあえずやってみよう』と考えるようになりました。今振り返ると、僕の人生の流れが変わるきっかけでしたね」

 彼は次第に目立つことの楽しさを覚え、アニメ「キャプテン翼」が人気になると、草サッカーにも精を出した。

 「足は遅かったのですが、とにかくボールがあると向かって走って行く。友達からは『ファイター』と呼ばれていました。『いつかスカイラブハリケーン(同アニメに出てくる技)をやる』とも思っていましたね。いわゆる『調子のり』だったので、目立って誉められると、より調子に乗っていく(笑)」

 小さなきっかけだった。しかし、この時期に身につけた行動原理は、彼の人生を変えるだけでなく、おとうふの業界をゆるがす大ヒット商品を生むことになる。

人生は“ないなかで、どうするか”

 「ファイター」の時期から約30年を経た2012年、鳥越は「ザクとうふ」を世に出し、大ヒットさせた。「ザク」は、1979年に放送され、本放送終了後に大人気を博した「機動戦士ガンダム」の敵方が使う「モビルスーツ」と呼ばれる巨大ロボットだ。

 鳥越は、ガンダムの版権を持つ企業と交渉し、このキャラをかたどった枝豆味のおとうふをつくったのだ。ビールのおつまみのNo.1、2は枝豆と冷奴だ。そして「ザク」は緑色だから、薄緑色の、枝豆味のおとうふにした。味はついているので、お醤油はかけずに食べる。お醤油がかかった状態を『被弾』と呼び、工場でも「何丁」と数えず「何機」と呼ぶなど、遊び心が消費者を捉えた。

 この商品の発売は、なかば「暴挙」だった。

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「ガンプラを買ってもらえなかった鳥越社長」の著者

夏目 幸明

夏目 幸明(なつめ・ゆきあき)

企業ジャーナリスト

1972年生まれ。愛知県出身。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、ビジネス系の記事を中心に経済ジャーナリストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師