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冷戦中、なぜ4⼈の⽶兵は北朝鮮に脱⾛したのか

ジェンキンス氏に平壌で取材した英国人の監督に聞く(前編)

2018年1月12日(金)

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 北朝鮮による拉致被害者、曽我ひとみさんの夫・チャールズ・ジェンキンス氏が、2017年12月に死去した。ジェンキンス氏は冷戦さなかの1965年、在韓米軍所属の軍曹だったが、軍事境界線を越え、北朝鮮に脱走した。それから39年後の2004年に北朝鮮を出国し、曽我さんとジャカルタで再会した様子は、大きな国際ニュースとなった。

 その年の6月、ジェンキンス氏が出国する前の平壌で、西側メディアでただ一人、ジェンキンス氏ともう一人の脱走米兵への取材を行っていた英国人監督がいる。英国中部・シェフィールド出身のダニエル・ゴードン監督だ。ゴードン氏はスポーツ関連のドキュメンタリー制作に定評があり、地元シェフィールドで1989年に起きた、FAカップ準決勝でのスタジアム事故(死者96人・負傷者766人)、いわゆる「ヒルズボロの悲劇」を描いた作品で、昨年、英国アカデミー賞をドキュメンタリー部門で受賞している。

 監督が2004年当時、平壌で元米兵らの撮影を公式に許可されたのは、それまでに北朝鮮のスポーツを描いた、2本のドキュメンタリー映画を制作していたからだ。1本目の「奇跡のイレブン」は2002年、アジア初のサッカーW杯開催に合わせ、アジア勢で初めてW杯準々決勝に進んだ66年イングランド大会出場の北朝鮮チームを描いた。当時無名だった北朝鮮チームが強豪を倒していく様に英国人が熱狂した様子や、元選手と英国人ファン双方による、互いへの思いを語るシーンなどで構成されている。

 脱走米兵を描いた作品「クロッシング・ザ・ライン」(「国境を越える」という意味と、「一線を越す」という2つの意味がある。)は2007年に英BBCで放送された他、釜山国際映画祭や、アメリカ各地などでも上映された。しかし、制作途中でジェンキンス氏が北朝鮮から出国してしまったため、当時平壌で唯一存命だった別の脱走米兵、ジェームズ・ドレズノク氏を中心に描かれた。

 監督によれば、彼が北朝鮮を描いたドキュメンタリーは、一時期、英外務省の朝鮮セクションや、米政府でも参考資料として保管されていたという。北朝鮮発の映像といえば、朝鮮中央テレビ配信のプロパガンダ映像か、独立通信社や脱北者などによる隠し撮り映像等が強く印象に残るが、ゴードン監督の作品は当時、平壌の生活を映し出す資料として、他と一線を画していた。

 ゴードン氏は北朝鮮側から、北には「朝鮮民主主義人民共和国」という国と、「“平壌”民主主義人民共和国」という別々の国があると聞かされてきたという。すなわち、ゴードン氏が描いた平壌は、特権階級の生活を描いたものであることは、監督自身が前提としている。

 ドキュメンタリー制作当時、ブッシュ元米大統領に「悪の枢軸」と名指しされ、既に世界各国からの分裂を深めていた北朝鮮を、その国内から描き続けた理由は何だったのか。「北は、私が国家そのものを支持していなかった事も知っていた」と語るゴードン監督に、その意図を聞いた。前編は、ゴードン監督が北でジェンキンス氏と対面した際の様子を中心に構成する。

「クロッシング・ザ・ライン」制作の経緯を教えてください。

ダニエル・ゴードン監督(以下ゴードン監督):当時、「奇跡のイレブン」という映画を北朝鮮で制作し、その間、北朝鮮のマス・ゲームを扱った次作(邦題「ヒョンスンの放課後」)のリサーチをしていました。同じ頃、北京で西側のジャーナリストから、60年代に北朝鮮へ亡命した米兵がまだ北で暮らし、中には(北の)プロパガンダ映画に出演していた人もいると聞きました。

 信じがたい話でしたが、北朝鮮のことですから本当なのだと思いました。そこで、1作目の制作中、(米兵の情報について)リサーチを始め、感触を探り始めました。北朝鮮で何かをしようとする事は、様々なルートを介し、時間のかかるプロセスですし、そもそも真実なのか、アクセスは可能なのかなど、知る必要がありました。

いつ頃のことだったのでしょうか。

ゴードン監督:2002年の秋頃だったと思います。生死も、そもそも亡命そのものについて、事実かどうか、わかりませんでした。

監督が、これだけ北朝鮮で脱走米兵に取材できたのはなぜだったのでしょうか。

ゴードン監督:映画制作のタイミングが良かったのでしょう。それまでに2本作った実績があり、「クロッシング・ザ・ライン」制作までに「奇跡のイレブン」というほぼ中立的な視点の映画、それからもう少し深く社会を描いた「ヒョンスンの放課後」を作りました。2作目も比較的、社会の両側面を描いた中立的なものでした。

 当時の北朝鮮の文化省が(それまでの実績から)私がこの、「誰も触りたがらない政治的な厄介ごと」を扱うにあたり、信頼できると判断したのでしょう。正直、北朝鮮からの圧力が最も少なく、日韓および米政府、米軍と、英政府も、多少でしたが「こちら側の主張」が盛り込まれることを確認したがっていました。圧力は北朝鮮からだけではなく、多方面からかかりました。

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「冷戦中、なぜ4⼈の⽶兵は北朝鮮に脱⾛したのか」の著者

伏見 香名子

伏見 香名子(ふしみ・かなこ)

フリーテレビディレクター(ロンドン在住)

フリーテレビディレクター(ロンドン在住)。東京出身、旧西ベルリン育ち。英国放送協会(BBC)東京支局プロデューサー、テレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターなどを経て、2013年からフリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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