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会社のピンチは事業承継のチャンスである

第5回:石坂産業・石坂典子社長と考える「継ぐ者の覚悟」

2016年11月15日(火)

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【視点】
 経営者になって25年、自分が次世代に何を残すべきかを考えると、ファミリービジネスの後継者としての知見だと感じます。
 私の経営者としての出発点は、温泉旅館の跡取りです。だから、私の経験が、ベンチャー起業家や内部昇格で社長になった人に役立つかというと、実情に合わないところがあるはずです。一方、中小企業を中心とするファミリービジネスの経営者の疑問や悩みに答える人間としては、比較的適しているでしょう。
 しかも日本経済に占める同族企業の比重は大きく、経営学の世界ではまさに今、研究が進んでいる分野です。実務と学問の世界をつなぎ、次世代の経営をより良くする指針を残したい。
 そこで今回、産業廃棄物処理業の石坂産業(埼玉県三芳町)の石坂典子社長と対談しました。
 互いの経験を重ね合わせ、事業承継に共通する構造を探ります。

※ 石坂産業の石坂典子社長について詳しく知りたい方は、こちらの連載を、ご参照ください。

石坂産業が保全、再生する森林を見学。その間にも、活発な議論が交わされた(写真:栗原克己)

星野:石坂社長は、会社が絶体絶命のピンチに陥ったとき、お父さんに志願して社長になったと聞きました。会社にとってのピンチは、実は事業承継のチャンスなのじゃないかと、私は考えています。

石坂:確かに、そうだったかもしれません。私たち石坂産業は14年前まで、産廃の焼却を主力にしていました。しかし1999年、本社に隣接する埼玉県所沢市の農作物に高濃度のダイオキシンが含まれているとの報道がありました。その原因が、この地域に多かった産廃業者の焼却炉だということで、批判にさらされたのです。特に焼却炉が大きくて目立った石坂産業は、2001年、地域住民から事実上の廃業を求める訴訟を起こされました。

星野:そんな危機の最中に「社長をやろう」と思い立ったわけですね。なぜですか。それまで、社長になる気なんてまったくなかったというじゃないですか。

「コンパニオン」の勘違いで、父が愕然

石坂:はい。ネイルサロンを開業したいと思っていました。

 高校卒業後、「インテリアの勉強をする」と米国に留学したものの、早々に退学。その後、米国を旅行して回っているとき、ネイルサロンの存在を知り、「これを日本に持ち込み、起業しよう」とひらめいた。ちょうど父も「娘は米国で一体、何をしているのか」と心配していたので、帰国することにしました。

 その後、起業資金を稼ごうとイベントコンパニオンのアルバイトを始めたら、父がまた「何だ、その仕事は?」と気をもんだ。バーのホステスみたいな仕事だと勘違いしたんです。「そうではなくて、展示会で商品の説明をしたりする仕事なのですよ」と説明しても、父の耳にはまったく入らない(苦笑)。

 最後は 「そんな仕事をするくらいなら、うちで働け!」と叱られ、20歳で事務職として入社しました。月給は15万円くらいでした。

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「会社のピンチは事業承継のチャンスである」の著者

星野 佳路

星野 佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院に進学し、修士号取得。88年星野温泉旅館(現星野リゾート)に入社。いったん退社した後、91年に復帰してトップに就任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長