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山口百恵 覚悟のラストソング

神様の前髪を全力でつかみ続けた歌姫

2015年9月8日(火)

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 静かにステージに置かれる白いマイク、ウエディングドレスそのものと言っていい白い衣装、耳の後ろに大きくあしらわれたかすみ草と白い蘭。山口百恵の引退コンサートと聞くと、こういった絵が頭に浮かぶ人も多いだろう。ただしこれは、3部構成になっていたラストステージの最後の最後の彼女の姿。それまでは別の3つの衣装を身にまとい、芸能活動の総仕上げをしている。

 最初のパートは、山口百恵を山口百恵たらしめた時代の曲をゴールドの衣装で。次のパートは、アイドル時代の曲を赤い衣装で。最後のパートは、その立ち位置を確かなものとしてから引退へ向かう時期の曲を青い衣装で。そして別れは白で。マイクを置くところまでを含め、この構成を決めたのは山口百恵本人だ。

『港のヨーコ』に逢いにゆく

 「つまり山口百恵はプロデューサーだったんです。自分は何をしたいか、そのために誰に何を頼むか、その結果としての山口百恵が周りの目にどう映るかを俯瞰で捉え、実行する力を持ったプロデューサーで、それを最後まで貫いた。今回の『アナザーストーリーズ』で彼女の足跡を改めてたどってみて、それがよく分かりました」

 同じプロデューサーという肩書きで仕事をする河瀬大作にそう言わしめたのは、まず、彼女が引退コンサートの第1部で歌った歌の大半を作った、作詩・阿木燿子&作曲・宇崎竜童コンビとの出会いを、自らつかみ取ったという事実だ。

 のちに書いた文章で彼女は〈宇崎さんの曲を歌ってみたい〉と周囲に明かしたことを語っている。

 宇崎竜童はすでにダウン・タウン・ブギウギ・バンドでデビューし、1975年には『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』をヒットさせていた。

 歌手活動の傍ら、ドラマで人気を博していた山口百恵は、宇崎の存在を知って行動に出た。

 〈誰かの曲を歌いたいと思ったのも初めてなら、マネージャーやディレクターに、積極的に希望を伝えたりしたのも、この時が初めてだった〉

 ただし、宇崎の曲の詩を書いているのが誰なのか、そしてそもそも、宇崎の曲は歌詩が先にあり、それに曲をつける形で作られていることも知らなかった。

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「山口百恵 覚悟のラストソング」の著者

河瀬 大作

河瀬 大作(かわせ・だいさく)

NHK番組制作プロデューサー

1993年、名古屋大学大学院文学研究科修了後、NHK入局、ディレクターとして『プロフェッショナル 仕事の流儀』『NHKスペシャル』などを制作。現在、プロデューサーとして幅広く活躍している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

片瀬 京子

片瀬 京子(かたせ・きょうこ)

フリーライター

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、2009年からフリー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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