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「市場で再分配が可能」という前提を疑え

格差問題の議論を通じて見えた市場の限界

2016年3月30日(水)

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 日本を含め、いま世界各国で貧富の格差や不平等への関心が高まっている。先日、安倍首相と会談したノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授が、著作などを通じて格差問題の是正や解決を世論に力強く訴えていることをご存知の方も多いだろう。

 トマ・ピケティ仏パリ経済大学教授の『21世紀の資本』が世界的なベストセラーになり、我々の経済格差に関する情報が大幅に新しくなったことも記憶に新しい。適切な政策的介入、あるいは何らかの大きな変革がない限り格差はますます拡大していき、世界経済や社会のシステム全体に悪影響を及ぼす。そうした懸念は、アカデミアの内外を問わず確実に広がっている。

 本稿では、この格差問題に触発されて、筆者がこのところ取り組んでいる新しい研究アイデアを紹介したい。格差問題が「問題」であり続けている大きな理由は、格差を解消するような再分配の実現が様々な理由から難しいからだ。

 富裕層から貧困層、持つ者から持たざる者へ簡単に富が分配できるのであれば、そもそも格差がここまで大きな問題になることはないだろう。では、やや極端な想定かもしれないが、もしも再分配が一切できなかったとしたら何が起こるだろうか。再分配ができないような状況でも、依然として市場は望ましい結果をもたらすのだろうか。筆者が現在取り組んでいるのはこうした問題だ。

 結論を少し先取りすると、再分配ができない、つまり社会全体で生み出したパイを分けることができない場合には、パイをできるだけ大きくする効率性の追求が必然的に不平等な結果を招いてしまう。価格を通じて需要と供給が一致するような競争的な市場は、功利主義者が唱えるような「最大多数の最大幸福」を達成することができない。

市場はそもそも「負け組」を最大化する仕組み

 むしろ、ある意味で受益者の数を最も少なくするような「最小人数の最大幸福」をもたらすことが分かった(「ある意味」が正確にどんな意味なのかは後半で説明しますので、しばしお付き合いをお願いします)。

 ざっくり言うと、市場は全体のパイを最大にする半面、そのパイを分かち合う「勝ち組」の人数を最も少なく、そこからこぼれ落ちる「負け組」の人数を最も多くするような不平等な仕組みなのである。

 当たり前の結論のように感じるかもしれないが、効率性と平等性のトレードオフを絶対に避けることができない、というのは新たな発見だ。ポイントは「絶対に」という部分である。再分配ができる、という従来の経済学の想定のもとでは、パイを大きくする過程で、各人の取り分がどうなるかは基本的に問題にならない。後から再分配によってどんな平等な形にでも分けることができるのであれば、パイを生み出す際にどんな不平等が発生しても修正できるからだ。

 そのため長らく経済学では、まずパイを最大化して(効率性)、その分け方は必要に応じて後から考える(平等性)という「二分法」で問題に対処してきた(この二分法はとても重要なので、後でもう一度詳しく説明します)。

 結果的に、どうすればパイを大きくすることができるかという効率性の問題については理解が深まったが、パイを生み出す際にどのような不平等・不公正が生じるかといった平等性・公平性の問題は正面から分析されてこなかったのである。それを真正面から分析したのが本稿、というわけだ。

 なぜ市場が勝者だけではなく同時に多くの敗者を生み出すのか、従来の研究が見落としていた「市場の限界」とはいったい何なのか。以下では、数値例やグラフなどを織り交ぜつつ、市場の根本的な性質に関わるこの重要な問題を、一緒に考えていきたい。

 まずは、潜在的な買い手と売り手が4人ずついる、ある架空の財の市場について考える(「架空ではなくて現実の市場について語れ」とお叱りの声が飛んできそうですが、この後の論点がググっと分かりやすくなりますので、しばらく我慢してお付き合いください…)。

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「「市場で再分配が可能」という前提を疑え」の著者

安田 洋祐

安田 洋祐(やすだ・ようすけ)

大阪大学経済学部准教授

大阪大学経済学部准教授。2002年東京大学経済学部卒。2007年、米プリンストン大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)、2014年4月から現職。専門はゲーム理論とマーケットデザイン。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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