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「大三菱」を捨て、「小三菱」を取れ

日産傘下の三菱自復活プランを考える

2016年5月20日(金)

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三菱自動車を巡る問題は、日産の傘下に入ることで解決するわけではない。どのように再建を図るべきなのか。早稲田大学大学院経営管理研究科の長内厚教授に寄稿していただいた。
(写真:つのだよしお/アフロ)

 遅かれ早かれ日産は三菱自動車の軽自動車事業を必要としていた。

 再びの三菱自動車(以下三菱自)による不正。今回も自浄作用は働かず、軽自動車のOEM供給先の日産自動車からの指摘で表面化した。またしても三菱自の対応は後手に回り、いよいよ日産傘下に入ることが決まった。

 2000年以降の2度の不祥事、そして今回の性能偽装と名門三菱ブランドは地に落ちた。三菱自のクルマ、特に軽自動車の販売台数は今後大きく減少するだろう。元々、三菱自が自社向けに生産していた軽自動車は今回問題になった2車種併せても17万台に届いていない。これは十分に開発費を回収できる台数とは言えず、日産向けOEM供給の方が約3倍の数を販売しており、三菱自の軽自動車工場はざっくりいえば、ラインに流れてくるクルマの4台に3台は日産ブランドと言うことだ。

 三菱自単独で軽自動車のラインを維持することは不可能であった一方で、日産自動車も自動車の販売台数の内訳の約15%を軽自動車が占めているが、軽自動車の自社開発は行わず、三菱自とスズキから調達を行っていた。特に三菱自から調達していた2モデルは主力車種であり、この穴を埋めるのは難しい。

 仮に自社開発に切替えるにしても、軽自動車開発の経験もノウハウもない日産が新規に自社モデルを開発するとすれば数年の開発期間を要するはずで、その間売るクルマがないという状況になってしまうことを考えれば、嫌でも三菱自のリソースを使わざるを得ない。

 そう考えれば両者の利害は一致しており、遅かれ早かれ三菱自の少なくとも軽自動車部門は日産が傘下に収めるのが順当であったと言えよう。

家電はともかく自動車は中華圏に売ってはいけない

 いずれにしても、ルノー系とはいえ、日本の日産の手がさしのべられたのは最悪の中の最善策であった。

 デジタル化によってすりあわせ型から組み合わせ型の産業に移行し、国際的な分業と中国、台湾を中心とした東アジア地域にものづくりの拠点が移ってしまった家電業界については、もはや、日本企業だけで垂直統合モデルを堅持したとしても時代錯誤の大艦巨砲主義でしかない。むしろ、東アジアの分業型産業の中に飛び込んで、その中で日本にしか作れないモノを作ることが必要だ。一例を挙げれば、iPhoneはアメリカで企画し、台湾で設計、中国で製造を行っているが、iPhone生産の分業の中には未だに日本の部品や設備が欠かせない。三洋やシャープの中華圏企業への売却にしても、戦略的に考えれば日本にまだ勝ち目が残っている。

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「「大三菱」を捨て、「小三菱」を取れ」の著者

長内 厚

長内 厚(おさない・あつし)

早稲田大学ビジネススクール准教授

1997年京都大学経済学部卒業、ソニー入社。2007年京都大学大学院経済学研究科で博士号(経済学)取得。同年ソニーを退職し神戸大学経済経営研究所准教授に就任。2011年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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