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保存機関車は必死に撮影も肝心の写真は撮り忘れ

シベリア鉄道は3回乗って一人前!……乗り鉄の道は厳しいのだ

2016年2月6日(土)

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 天気は下り坂、気温も急降下。長時間停車があっても、ホームに降りるのが億劫になってきた。

 イルクーツクでは雨が降って朝晩が冷えたといっても最低で10度前後はあったが、ノヴォシビルスクは雨が降ったりやんだりの予報で、最高気温が7度、最低気温が3度という。もちろん、最高気温でさえマイナス20度台という真冬を考えたら暖かいものだが、先が思いやられた。

油断大敵! 停車駅は保存蒸気機関車の宝庫

 ホームに降りるかどうかは別として、停車駅に近づくとどうも落ち着かない。というのも、多くの駅の構内で蒸気機関車が保存されているからだ。常にカメラを手に持ち、見つけ次第、車窓越しに片っ端から撮影していたのである。

ハバロフスク~イルクーツクの途中の駅。このころは天気もよく暖かかったことが、服装からもわかる

 「ロシア人は、鉄道好きな人が多いそうですよ」

 出発前に、ツアーの企画をしている知人からそんな話を聞いていた。半信半疑だったのだが、これだけ蒸気機関車が保存されているところを見ると、事実のような気がする。

 保存されている場所は、駅構内のこともあるし、駅の前後にある機関区や車庫のこともあった。だから、駅到着の少し前からスタンバイしておかないと、チャンスを逃すことになってしまう。

 ある朝、目が覚めた直後に、列車がスピードを落として駅に着く気配を感じた。面倒だけど撮り損なうのも悔しいと思い、必死に起き上がって通路に出たところ、目の前に機関車が現れて、かろうじて撮影に成功したこともあった。逆に、気を抜いてカメラの用意をしていなかったために、大型の珍しそうな機関車を撮り損なったこともあった。

これが、朝起きてすぐに撮った蒸気機関車。ロシアの機関車では小型の部類である

 別に、誰に頼まれたわけでもないのだが、いったんやり始めると途中でやめるのも悔しい。我ながら、本当にご苦労なことである。

とっても低い、ロシアの駅のホーム

 イルクーツクを出発してから約20時間。翌日の午前中に41分間の長時間停車をしたのが、シベリア中部にあるクラスノヤルスク駅である。

 人口が100万人近い大都市で、1997年11月に、当時の橋本龍太郎首相とボリス・エリツィン大統領の首脳会談が行われたことで、日本でも名前を知られるようになった。このときに交わされた「クラスノヤルスク合意」では、「20世紀中に領土問題を解決して、平和条約を締結することを目指す」ことになっていたのだが……。

クラスノヤルスク駅では、駅構内のまん真ん中に大型の蒸気機関車が保存されていた

 それはさておき、クラスノヤルスク駅は最近になって改築されたのか、駅舎もホームも、今回見た限りではシベリア鉄道で一番近代的だった。ロシアでは大きな駅でもホームに屋根のないことも多いが、この駅は日本と同様にホームの大部分に屋根が架かっている。

 日本と大きく違うのは、ホームが低いこと。これなら、線路に落とし物をしてもすぐに拾えるが、ホームと列車との段差が大きいので、足の悪い人は列車に乗り込むのが大変そうである。

駅の正面には「駅」としか書かれていない。合理的だ。

 ところで、駅のことをロシア語で「バグザル」と呼ぶことは30年前の旅で知っていた。「駅はどこですか?」というのは、「ビールをください」に匹敵するほどの海外旅行の必須会話だからだ。

 ところが今回の旅で、「バグザル」はターミナル駅や町の中心駅のことで、中小の駅は「スタンツィーア」と呼ぶのだと知った。スタンツィーアは、英語のステーションに由来しているのだろうか。

タジン駅。このくらいの規模になると、バグザルではなくてスタンツィーアに分類されるのだろう

コメント2件コメント/レビュー

毎回楽しみながら読んでいます。私自身1985年にモスクワからシベリア鉄道で日本へ帰ってきましたので、思い出がよみがえってきます。ずいぶん変わった様ですね。又乗ってみたくなりました。(2016/02/06 15:32)

「30年の時を超える 大人のシベリア鉄道横断記」のバックナンバー

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「保存機関車は必死に撮影も肝心の写真は撮り忘れ」の著者

二村 高史

二村 高史(ふたむら・たかし)

フリーランスライター

1956年東京生まれ。東京大学文学部卒。小学生時代から都電、国鉄、私鉄の乗り歩きに目覚め、その後も各地の鉄道を乗り歩く。現在はフリーランスの物書き。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

毎回楽しみながら読んでいます。私自身1985年にモスクワからシベリア鉄道で日本へ帰ってきましたので、思い出がよみがえってきます。ずいぶん変わった様ですね。又乗ってみたくなりました。(2016/02/06 15:32)

紀行はますます読み応えを増している。次回を待つ。(2016/02/06 10:27)

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