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30年前の撮影場所を探してモスクワ散歩

ソ連からロシアへ、モスクワ今昔物語

2016年3月5日(土)

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 宿泊したホテルはモスクワ・ヤロスラブリ駅から地下鉄で乗り換え1回、徒歩も含めて30分くらいのところにあり、モスクワ観光の中心でもある赤の広場まで歩いて10分ほどのところに位置している。

 このホテルに3泊して、シベリア鉄道旅行の疲れを癒しつつ、モスクワの地下鉄や路面電車をひたすら利用して市内をのんびり散歩するというのが、当初の私のもくろみであった。それがどういう結末になったのかは次回にお話しするとして、着いた翌日は、34年前と30年前に写真に撮った場所を訪ねてみることにした。写真を使った、昔と今の定点比較、モスクワ編である。

赤の広場を南側から見たところ。中央の建物はロシア国立歴史博物館。右の立派な建物はグム百貨店。

 赤の広場やクレムリンといった観光地の写真なら、ネットや本で見ることができるので、ここではそれ以外の場所を中心に紹介したい。

 ところで、モスクワの治安については、ソ連崩壊で一時はだいぶ悪化したと耳にしていたが、2008年まで続いた資源バブルがきっかけで生活も豊かになり、治安も劇的によくなったと知人から聞いていた。

 資源バブルは崩壊したものの、表面的に見る限り、治安が悪くなっているというイメージはなかった。町の中心部では、夜遅くなっても若い女性が一人で歩いているし、そこここに警備の警察官が立っているのでむしろ安心である。これだけ警官がいて悪さをするようなヤツもいないだろう。

ミイラが好きな妻.vs 苦手な私

 赤の広場やクレムリンは除外して紹介するとはいったものの、散歩の出発点はやはり赤の広場である。まずは、赤の広場を北側入口から撮った写真で、30年の変化を比較してみたい。

 30年前、朝起きてまず赤の広場に向かってみると、広場の北西側の入口にたくさんの人が並んでいるのが見えた。なにごとかと思って長い長い行列の先を見ると、広場をぐるりと半周して中央にあるレーニン廟に向かっているではないか。強制されているようには見えず、仕事前に自発的にやってきたのだろう。これには驚いた。

レーニン廟にお参りするために長い行列をつくるモスクワの人びと(1985年)
レーニン廟はこの写真の奥に見える塔の手前にある。今でも行列はできていたが、そのほとんどは観光客だった。中央の赤レンガの建物はロシア国立歴史博物館。

 エジプトのミイラが好きな妻は、ぜひ防腐処理されたレーニンの遺体を見たいというのだが、そういうのが苦手な私は、時間がないことを言い訳にして、やんわりと却下した。結局、3回モスクワに来てまだ一度も見ていない。

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「30年前の撮影場所を探してモスクワ散歩」の著者

二村 高史

二村 高史(ふたむら・たかし)

フリーランスライター

1956年東京生まれ。東京大学文学部卒。小学生時代から都電、国鉄、私鉄の乗り歩きに目覚め、その後も各地の鉄道を乗り歩く。現在はフリーランスの物書き。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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