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「控訴断念」を選んだ政治家たちの決意

ハンセン病違憲国家賠償裁判(中)

2017年5月9日(火)

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 日本では、患者の隔離や断種を規定した「らい予防法」が長らく患者の自由や尊厳を奪い、差別や偏見を作り出してきた。治療法が確立された後も、この法律は放置され、患者を苦しめた。彼らは国に対し賠償を求めて立ち上がり、2001年、熊本地裁で「らい予防法」の違憲性を認める判決が下された。

 判決を受けて、国側には「控訴が当然」という雰囲気があった。しかし結果として、国は控訴しない道を選んだ。

 シリーズ第2回は、控訴断念の決定の裏にあった政治家の決断を見ていく。

2001年5月、勝訴の判決を喜ぶ原告の千龍夫さん/熊本(写真:読売新聞/アフロ)

厚労省、法務省内には「控訴して当然」の雰囲気

 一審の熊本地裁で勝訴判決を勝ち取った原告に、次の大きな山が待っていた。被告の国側が控訴するかどうか。熊本、東京、岡山での訴訟の原告団は779人、さらに全国の療養所には約4450人の入所者らがいる。その人たちの人権を早急に救済するには、熊本地裁判決を確定させる必要があった。

 一方、国側は「国会の不作為」による賠償を認める判決を確定させると、今後の国会活動に支障が出かねず、また原告団の数が増えることで賠償金が膨れあがる懸念もあった。国民、政治家の間には原告たちへの同情から控訴断念すべしという考えが強かったが、厚生労働省、法務省の官僚たちには「控訴して当然」という雰囲気があった。

 判決が出たのが2001年5月11日、控訴期限が同月25日。14日間のあいだ政府内で懊悩していたのが、連立政権の公明党から厚生労働大臣に就任していた坂口力だ。坂口は当時の省内の雰囲気をこう語る。

 「判決が出るまでは静か。出てからは控訴すべしで官僚は一致団結です。熊本地裁ごときの田舎の地方裁判所がなにを言っているのかと、そういう空気も僕は感じました」

 坂口は2001年1月に厚生省と労働省が統合してできた厚生労働省の初代大臣に就任し、同年4月、小泉純一郎政権でも同省大臣に就任した。しかしハンセン病施策についても裁判についても知らず、大臣に就任して初めてその年の5月に判決が出ることを知る。

大物政治家の後押しで坂口厚労大臣と原告が面会

 原告団にとって幸いだったのは、坂口が医師だったことだろう。ハンセン病についての専門的な文献も読めるし、科学的な見地、医学倫理からこの問題を引き寄せて考えることができた。坂口はハンセン病についての勉強を深めていく中で、「なぜこれが隔離されなくてはいけないのか」という疑問を深めていく。プロミンという特効薬が発明されて、ハンセン病は不治の病ではなくなっている。

 また1958年に東京で開かれた「国際らい学会」では、隔離政策を改めるように勧告が出されていた。坂口の調査によるとそれが日本語訳された形跡もない。
 「役人の言い分として、自分たちは法律に従ってやってきたんだということでしょう。でもその法律が時代遅れになってきたときは、やはり変えなくてはいけない。それは医師として、国会議員としてこの問題を知らなかった自分にも責任があると思いました」

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「「控訴断念」を選んだ政治家たちの決意」の著者

神田 憲行

神田 憲行(かんだ・のりゆき)

ノンフィクション・ライター

1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクション・ライターとして現在に至る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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