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安倍首相がガンジー・アシュラムへ行く理由

日本人のためのインド入門(2)

2017年9月12日(火)

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インド・グジャラート州のアーメダバードには「ガンジー・アシュラム」という、ガンジーが活動の拠点としていた家が残っている。(写真:PIXTA)

 安倍首相が9月13日からインドを訪問することになった。安倍首相の訪印は2015年12月以来のことである。それ以前の2014年、2007年(第一次安倍政権時)にも訪印しており、首相として4度目のインド行きとなる。

 安倍首相の今回の訪印日程は、インド西部のグジャラート州で組まれている。グジャラート州はマハトマ・ガンジー生誕の地であり、同州のアーメダバードには、1915年から30年まで生活し、運動を指導した場所であるガンジー・アシュラムがある。ガンジーがインド独立運動の中で有名な「塩の行進(ガンジーとその支持者が約380キロメートルを行進した抗議行動。イギリスからの独立運動の転換点となった)」を実行したのは、アーメダバードから同州の海岸までであった。英国の植民地支配における塩の専売制に抗議するためであった。安倍首相は、現在ではガンジー記念館になっているガンジー・アシュラムを訪問する予定だ。

「寛容の精神こそが今世紀の主導理念」

 安倍首相は2007年の訪印時、インドの国会で演説した。その中で安倍首相は、次のように述べている。

 「アショカ王の治世からマハトマ・ガンジーの不服従運動に至るまで、日本人はインドの精神史に、寛容の心が脈々と流れているのを知っています。

 私はインドの人々に対し、寛容の精神こそが今世紀の主導理念となるよう、日本人は共に働く準備があることを強く申し上げたいと思います」

 ガンジーは1869年に、グジャラート州にあったポールバンダル藩王国の宰相の家に生まれた。英国に学び、弁護士となり、南アフリカで活動した。しかし、そこはアパルトヘイト(人種差別)の国であった。ガンジーは、屈辱的な扱いを受けながら、インド系の人々に対する差別廃止のために戦った。ガンジーは逮捕され投獄された。インドを英国から独立させようというガンジーの決意は、ここで芽生えた。

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「安倍首相がガンジー・アシュラムへ行く理由」の著者

平林 博

平林 博(ひらばやし・ひろし)

日印協会理事長・代表理事

1963年東京大学卒業、外務省入省。在外公館では、イタリア、フランス、中国、米国などに勤務。本省では、経済協力局長などを歴任。駐インド特命全権大使などを経て、2007年外務省退官。同年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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