米朝首脳会談、6月12日にシンガポールで開催

「北の核」は対話で解決か、戦争を呼ぶのか

北朝鮮に解放された米国人3人を出迎えるトランプ大統領ら(写真:ロイター/アフロ)

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 史上初の米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで開かれることが決まった。トランプ(Donald Trump)大統領が5月10日、発表した。北朝鮮の核問題が対話で解決するのか、あるいは軍事的な衝突につながるかの分かれ道となる。

リビア方式で押すトランプ

米朝首脳会談はどんな結果を生むでしょうか。

鈴置:大きく分けて3つの展開を予想できます。「米朝首脳会談、3つのシナリオ」をご覧下さい。首脳会談でトランプ大統領が金正恩(キム・ジョンウン)委員長に対し「つべこべ言わずにまず、非核化しろ。見返りはその後だ」と要求するのは確実です。

 いわゆる「リビア方式」です。2003年12月19日にカダフィ大佐が非核化を受け入れると、米英の情報機関は直ちにリビアに入り、核関連施設を米国に向け運び出しました。翌2004年3月には全ての作業を終えるという早業でした。

 トランプ大統領の要求に金正恩委員長が素直に応じれば、平和のうちに北朝鮮の核問題は解決に向かいます。シナリオ①です。

 ただ、北朝鮮が素直に核を放棄するとは考えにくい。金正恩委員長がリビア方式を拒否し、トランプ大統領が席を蹴る可能性が高い。

 そうなれば米国は空爆など軍事力による解決を選ぶか、少なくとも経済制裁と軍事的な圧力を強化するでしょう。シナリオ③です。

 もちろん、金正恩委員長だって空爆されれば、あるいは経済制裁を強化されるだけでも相当に困ります。そこで、「核を放棄するから体制を保証して欲しい」などと様々の条件を付けて対話が決裂しないように持って行くでしょう。これがシナリオ②です。

●米朝首脳会談、3つのシナリオ
米国、リビア方式での非核化を要求
北朝鮮が受諾北朝鮮が拒否
①米国などによる核施設への査察開始②米朝対話が継続③米国、軍事行動ないし経済・軍事的圧迫強化

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著者プロフィール

鈴置 高史

鈴置 高史

韓国観察者

元日本経済新聞記者。1995~96年ハーバード大学日米関係プログラム研究員、2006年イースト・ウエスト・センター(ハワイ)ジェファーソン・プログラム・フェロー。02年度ボーン・上田記念国際記者賞。

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いただいたコメントコメント69件

私が不思議に思うのは現在の朝鮮時局を語ってその後のことを語らぬ日本の報道機関の大局観のなさである。北朝鮮が中国の支配下に入れば日本は海峡ひとつ隔てて核保有国、軍事大国、さらに昔の中華帝国の再来をねらう中国という大国と向き合うのである。そのときに向けて日本政府ではどの様な準備を整えているのであろうか。日本国家の独立を保つにはお座なりな国際世論などというものがどれほど役に立たぬものであることは今から国民に教えこんでおく必要があるであろう。トランプの出現によって平和協定なぞいつでも一方的に破棄されるものであることを我我は知った。日本の知性はこれらを踏まえて五十年、百年後の日本国家の存続させうるべき教育を提起し、実施してゆかねばならぬとおもう。(2018/05/22 07:49)

シンガポールで合意できない場合は帰り道の命の保障はない。絶好の斬首作戦の機会。
(可能性2は現状維持、3は戦争。アメリカからするとどちらも面倒。)
だから、北は形式上合意する。無事帰国後、履行を渋る。
当然、アメリカは北がウソをつくことを前提として考えていると思う。
その対策でどんな手をアメリカは考えているのか、このコラムで書いてほしい。
会談直後に米軍の先遣隊が平壌入りしたり、上陸したりそういうやり取りはあると思う。
米軍を核施設に招くタイミングが焦点じゃないのか?(2018/05/18 12:42)

資本主義の恩恵を維持したい韓国人、夢見る南北統一主義者、南/北朝鮮絶対滅ぼすマン、アメリカ嫌い、社会主義者、タカ派民族主義者、自虐史観の虜囚、核アレルギー、現代日本の利権や階層を一度壊したい人etc. 人それぞれ、立場から来る「思想の立ち位置」がある。

赤化統一、資本主義化統一、二極体制維持、金王朝亡命、統一し中立国化、核ミサイル日本本土飛来とその結果(失敗/迎撃成功/着弾被害)による世界の変化etc. 人それぞれ、その思想からくる「あるべき理想」がある。

全ての事実が開示されているわけでもなく、開示済みの情報も全ては追いきれない。
たまたま、あるいは恣意的に情報を取捨し、ないところは都合よく想像し「あるべき理想」への誘導合戦。そりゃ着地点はバラバラになるし、視点が噛み合うわけもないですね。
現実の結果には何ら影響も及ぼさない場所で、自説を叫び論敵を叩く。非生産的といえば非生産的。
「(俺は嫌だが)こうなる未来しか見えない…」なんて悲観論も、輪をかけて非生産的。

とはいえ。そもそも記事自体が恣意的にならざるを得ないので、こうして異論を書け、それが目に留まるコメント欄という場所があるのは、ある意味公平で有意義なことだとは思います(さすがに極論は撥ねられるでしょうが……)。

いずれは訪れる現実。たとえそれが不安の的中・最悪の結果だったとしても、それまでの不安の希釈には役に立つので。(2018/05/15 11:03)

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