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「米帝と戦え」と文在寅を焚き付けた習近平

中韓首脳会談で「反米自叙伝」を称賛

2017年7月13日(木)

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盧武鉉の遺志を継ぐ

「前の波を後ろの波が押す」とは?

鈴置:故・盧武鉉大統領の遺志を継いで、その理想――左派が望む韓国を作り上げる――との決意表明です。

 1982年、文在寅氏は盧武鉉氏と共に人権派の弁護士事務所を立ち上げました。盧武鉉政権(2003―2008年)時代には青瓦台の民情首席補佐官や、NO2の秘書室長を務めた政治的な盟友でもあります。

 盧武鉉大統領は退任して1年3カ月後の2009年5月、自宅の裏山から飛び降り自殺しました。親戚や側近が収賄などの罪で続々と逮捕され、本人も検察の取り調べを受け始めたところでした。

 当時は保守の李明博(イ・ミョンバク)氏が政権を握っていましたから、韓国の左派は政治的弾圧と憤慨、文在寅氏も政権奪回を誓ったのです。

 この自叙伝は「保守が韓国を誤った方向に動かしている。我々進歩派が正しい道に引き戻す」との宣言だったのです。

14年前のデジャブ

それと習近平主席がどう関係するのでしょうか。

鈴置:盧武鉉政権発足時の2003年も今と同様、東北アジアは北朝鮮の核問題で揺れていました。北朝鮮が2003年1月、NPT(核拡散防止条約)脱退を宣言し、核武装の決意を露わにしたからです。

 1993年3月に続く2度目の脱退表明でした。米国のタカ派は1993―1994年の第1次核危機の時と同じように、北朝鮮の核施設への空爆を主張しました。

 『文在寅の運命』は、その際の盧武鉉政権の対米外交を回想しています。265-266ページから関連部分を翻訳します。

  • 2003年5月の(盧武鉉)大統領の初訪米は記憶に残る。当時、米国が準備した韓米共同声明の草案には北の核問題に対し「すべてのオプションを排除しない」との米国の立場が含まれていた。簡単に言えば「(戦争を含む)すべての手段を辞さない」ということだ。
  • その文章を「対話を通じた平和的解決」に変えようと、安保担当チームが大変な苦労を重ねた。外相も米国は我々の要求を受け入れないと悲観的だった。しかし大統領は強くこだわった。結局、首脳会談で我々の要請が受け入れられた。

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「「米帝と戦え」と文在寅を焚き付けた習近平」の著者

鈴置 高史

鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)

日本経済新聞社編集委員

1977年、日本経済新聞社に入社。ソウル特派員(87~92年)、香港特派員(99~2003年と06~08年)などを経て、04年から05年まで経済解説部長。02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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