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どうなる? 日本の「死」と葬儀

国立歴史民俗博物館 日本の葬儀と死生観 山田慎也(1)

2016年4月16日(土)

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いま日本の葬儀が急速に変わりつつある。と同時に「死」の受け止め方も変容しており、日本の葬儀と死生観はある意味で混乱期にあるという。民俗学の立場から、日本の葬儀と死の受容を見つめ続ける山田慎也先生の研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)

 幼い頃、葬式には、かったるい印象を持っていた。

 身近な誰かが亡くなって悲しいのだけれど、葬儀自体はかったるい。お経は、飽きる以前に意味がわからないし、黒い服を着た人がたくさん集まって「大人の話」ばかりしている。線香の匂いは、好きじゃない。そんな記憶が漠然とある。

葬儀の記憶

 ぼくの両親はともに関西出身で、1974年に家族で千葉に移った。新居は新興住宅地だったからお年寄りはおらず、近所の葬式に出た記憶がない。親類関係も、たまたま高校受験の年に祖母が亡くなったため、両親は「あなたは来なくていい」とぼくを残して「里帰り」してきた。十代の頃、ぼくが出席した葬儀は、交通事故の犠牲になった級友のものだけだ。

 21世紀になって父が亡くなった時には、さすがに送る側として中心的な立場になった。しかし、父は仕事をとっくに引退し特別養護老人ホームで生活する身だったから、集まったのは近親者のみだった。母が選んでおいた葬儀社がうまく仕切ってくれて、こちらは流れに乗っていればよかった。印象的だったのは、ふだんは顔を合わすことがない「孫」たちが、久しぶりに会って楽しそうにしていたことだった。葬式は孫の祭り、と印象付けられた。告別式も通夜も式場で行い、ぼくは遺体の隣の部屋で眠った。火葬が済んだ後、遺骨、遺灰は、とても大きな骨壷に収められた。関西出身者が、関東で葬儀をすると、骨壷のサイズに驚くことが多いと聞いた。市営の霊園に墓を作り、納骨した。

 ほかにも記憶を探れば、会社員だった頃の職場の大先輩、PTA役員をしていた頃の会員(保護者)など、葬式の記憶はあるにはあるが、いずれもそれほどよく知っている人ではなく、「会社から供出された戦力(受付など)」「PTAを代表して」といった参画度の浅いものだった。

 だいたい半世紀くらい生きてきたぼくが経験してきた葬儀は、どちらかというと薄っぺらい。

 さて、みなさんはどうだろうか。もっと濃厚な体験をした人も、もっと希薄な人もいるだろう。いずれにしても、そういったことを思い出してもらえれば、この先を読んでいただく準備になる。

ナショナル ジオグラフィック日本版2016年4月号でも、独特な葬儀と死生観をもつトラジャの特集「インドネシア 亡き家族と暮らす人々」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。

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「どうなる? 日本の「死」と葬儀」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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