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人はマグロを4万年以上前から釣って食べていた

東海大学 海洋考古学 小野林太郎(3)

2015年12月5日(土)

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もともと陸の生き物である人類はどのように海洋世界に適応したのか。そして、最後のフロンティアだったポリネシアにどうやって拡散したのか――。海を通じて世界を見渡し、実にスケールの大きな研究を繰り広げる小野林太郎さんの研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=藤谷清美)

 貝と石器しか出てこないタラウド諸島リアンサル遺跡は、小野さんによって集中的に発掘・研究された。食べ物として貝ばかり出るという不思議なところだ。日本の貝塚だって、決して貝ばかりではなく、魚骨や獣骨も出てくる。いったい、なぜ貝ばかりなのか。

「動物が出ない理由として、1つ言えるのは、そもそも動物がほとんど住んでない島なんですよ。陸上の動物で、人間が持ち込んだもの以外でもともといたっていうのは、コウモリのたぐいと、クスクスと呼ばれる有袋類のたぐいだけなのですが、これらが本当にその当時いたかどうかわかってないんですけど、少なくとも今はそういったものが現生でいるっていうことなんですよね。食べられるタンパク源になるものが極めて少なくて海洋資源に依存しなきゃいけなかったんでしょう。ただ魚が全然出ないっていうのは非常に不思議なところです。普通出るところは出るんですけど、ここは本当に貝しか出なかった」

 実にミステリアスな遺跡なのだ。

なぜ貝だけ?

 では、遺跡はどんな状態だったのだろう。

「掘っている感覚としては、日本の貝塚とはまったく違います。貝が出てくる層というのが上から下までわずか60センチなんですよ。その60センチの中で、3万5000年から8000年前まで、結構きれいに分かれます。それだけ堆積が浅いってことは、そんなに多くの人が使ってなかったっていうことが1つと、断続的に形成されているのはどういうことだろうか、と。私なんかは、恐らく、資源が非常に少ないので、どこかにまた移動したか、あるいは死に絶えたかっていうふうに考えていて、だから当時の狩猟採集民の人たちが、資源が非常に限られている離島に移住しても、継続的に居住するっていうのはかなり難しかったんじゃないかと。この事例ではそのような議論もしたことがあります」

 別の島の話題に移ろう。東ティモールのジェリマライ遺跡。4万2000年ぐらい前のこの遺跡では、また別の生活ぶりを垣間見ることができる。

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「人はマグロを4万年以上前から釣って食べていた」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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