• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

“楽園の人類学”の扉はどのように開かれたのか

東海大学 海洋考古学 小野林太郎(5)

2015年12月19日(土)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

もともと陸の生き物である人類はどのように海洋世界に適応したのか。そして、最後のフロンティアだったポリネシアにどうやって拡散したのか――。海を通じて世界を見渡し、実にスケールの大きな研究を繰り広げる小野林太郎さんの研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=藤谷清美)

 実は、ぼくはほんの一時、ニュージーランドに住んでいたこともあって、人類拡散の歴史の終着点である「リモートオセアニア」の人類学・考古学に興味がある。その方面に明るい知人に聞いたところ、日本には専門家が少ない分野だが、ひょっとするとこの人ならよく知っているかもしれない、と名前を伺っていたのが小野林太郎さんだった。

北国の山の対極へ

 主なフィールドはインドネシア東側海域の島々や東ティモールだから、むしろ「ニアオセアニア」が中心。しかし、ミクロネシアやポリネシアでのフィールド研究もあるし、「リモートオセアニア」の研究動向にも詳しいに違いない、と。

 しかし、実際にお話を伺うと、小野さんのフィールドの多彩さ多様さに目を奪われた。なにしろ、時代にして4万2000年前の遺跡から、数百年前の遺跡までカバーし、地理的にもインドネシア・東ティモールを起点としながらも太平洋各地に飛んでいる。

 小野さんは、どうして、このような幅広い分野に足を踏み入れることになったのか。そのストーリーから垣間見る日本の考古学・人類学の特徴というのもあって、ぜひ紹介したい。

「私は、北海道の出身で、父親が地理、それも氷河とか山の研究者だったんです。小さい頃から、フィールドワークみたいな形で父親に連れていかれたりしていたんですけど、ほとんど北国の山で、だからもう私の中で「山」と「寒い」っていうのは1つのイメージになってしまいました。あれはもうごめんだと思って、対極のことがやりたいと(笑)。そうすると、やっぱり山の反対としては、海。それも何かハワイみたいな暖かい楽園みたいなところで研究できたらめちゃめちゃ面白いじゃないかというノリで、人類学に興味を持ったんです」

コメント0

「研究室に行ってみた」のバックナンバー

一覧

「“楽園の人類学”の扉はどのように開かれたのか」の著者

川端 裕人

川端 裕人(かわばた・ひろと)

文筆家

1964年、兵庫県明石市生まれの千葉育ち。日本テレビの記者を経て作家に。『夏のロケット』が第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞、「SFマガジン」で「青い海の宇宙港」を連載中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

機械を売るんじゃなくて、電気が欲しい方に電気が起きる装置をソフトも含めて売るビジネスをしていこうと。

田中 孝雄 三井造船社長