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MRJ初飛行で露呈した意外な課題

初飛行の日に空港の展望デッキが閉鎖されたワケ

2015年11月25日(水)

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 「飛行機が飛びたいと言っているようだった」

 半世紀ぶりの国産旅客機となる、三菱航空機のMRJが、11月11日に初飛行を成功させた。午前9時35分、愛知県の県営名古屋空港を離陸したMRJの初号機は、1時間27分後の午前11時2分、同空港へ着陸した。離陸と着陸の瞬間には歓声と拍手があがった。

離陸したMRJ(撮影:吉川 忠行、ほかも同じ)

 MRJが初飛行した名古屋空港は、戦後初の国産旅客機である日本航空機製造(日航製)のYS-11型機が、1962年8月30日に初飛行した場所でもある。いわば日本の航空史における聖地だ。

 記念すべき初飛行の操縦桿を握ったのは、自衛隊から三菱重工業へ転じた2人のテストパイロット。冒頭の言葉は、航空自衛隊出身の安村佳之機長の言葉だ。安村機長が一般に機長席と呼ばれるコックピットの左席に座り、海上自衛隊出身の戸田和男機長が副機長として右席に座って初飛行に挑んだ。飛行データを計測するエンジニア3人も同乗した。

 2人は自衛隊で、テストパイロットを20年以上務めてきたベテランだ。MRJのチーフテストパイロットである安村機長は、「機体の応答が非常に安定しており、これまで操縦した中でトップクラスというくらい操縦性と安定性があった。着陸もまったく問題なかった」と実際に操縦したMRJを高く評価した。

初飛行を追えて、着陸するMRJ

 MRJの製造を担う三菱重工業でプロジェクトを主導してきた大宮英明会長は、「今日は11月11日で、YS-11と感じが似ている。いろいろな思いが頭の中をよぎった」と、初飛行を終えた機体を目にして感慨深げに語った。

 2014年10月18日に美しい姿を現わしたMRJ。この時、大宮会長は「ようやく夢から現実へと姿を変えようとしている」と、度重なる開発スケジュールの遅れを乗り越えた感想を語った(詳細は「MRJから見えた次世代機の課題」。5度目の延期で離陸した機体を見送ると、「幼稚園に初めて通園する我が子を見送るようだった」といとおしげな様子だった。

笑顔でインタビューに答える三菱重工業の大宮会長

 2017年4~6月に、全日本空輸(ANA)へ量産初号機を引き渡す予定で、そのための大きな一歩を踏み出した。機体の特徴を振り返りながら、MRJや日本の航空産業発展に関わる課題を考えた。

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吉川 忠行

吉川 忠行(よしかわ・ただゆき)

Aviation Wire編集長

ライブドアで同業初の独自取材部門「ニュースセンター」立ち上げに参画。ライブドア事件も内側から報じる。退職後はAFP通信社等で取材を続け、2012年2月Aviation Wire創刊。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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