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オランダで先端農業に挑む日本人がいた!

世界を見て知った日本の強み

2016年2月26日(金)

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 日本の農業が目指すべきお手本として、よく取り上げられるのがオランダの施設園芸だ。ITを駆使したハウスの管理と、農業を輸出産業へと変貌させた企業努力と政策は、農地の狭い日本の農業が生き残りの活路を開くべきモデルとされている。

 だがふと疑問が浮かぶ。オランダの何が本当に優れているのか。日本はオランダから一方的に学ぶことしかできないのか。その答えをさぐるため、今回はオランダで会社を立ち上げ、トマトの生産と栽培コンサルティングに挑戦している今井寛之氏を紹介したい。

トマト農家で育ち、24歳でオランダへ

どうやってオランダとのつながりをつくったんですか。

 「実家は神奈川県のトマト農家です。ぼくが小学生のころ、土壌に病気が出て、父親は水耕栽培を始めました。県内で1番目か2番目の早さだったと思います。いまから30年くらい前のことです。高校は農業高校に進みましたが、そこで環境制御や水耕栽培の基本的な技術を学ぶことができて、オランダの技術が世界でも類をみないほど生産性が高いという話を聞きました」

 「大学を出たあと、実家で就農しましたが、オランダに行きたいという気持ちがずっとあって、コンタクトをとり始めました。人づてで現地にいる日本人の通訳と知り合って、その人に農場の住所を調べてもらい、手紙を書きました。そのなかで1軒だけ『受け入れてもいいよ』と言ってくれる農場があり、オランダに渡りました。24歳のときです」

オランダで日本の品種の栽培に挑む今井寛之氏(写真は今井氏提供)

現地で何を感じましたか。

 「農場は(農学で有名な)ワーゲニンゲン大学の近くにありました。広さは当時で17ヘクタール、いまは50ヘクタールを超えています。最初の1週間は本当にすごいと思いました。チーム分けがきちんとされていて、作業は決められたルールを守ることで作物の品質を一定に保つことができる。家族経営しか知らなかったので、ショックを受けました」

 「1週間たつと、日本人独特の商品に対するこだわりを意識するようになりました。彼らはその部分のプライオリティーが低い。彼らがプライオリティーをおいているのは、一定の品質で生産性が高いこと、何より人件費を削ることです。これに対し、顧客をどう満足させるかが日本の農業の形です。生産性を高めた状態でどう品質を維持するかを考えながら作業しました」

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「オランダで先端農業に挑む日本人がいた!」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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