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ふり向けば我が子が手を振る「農の幸せ」

脱サラ4人家族がイチゴ農家になったワケ

2016年5月9日(月)

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銀行時代と違い、夫婦で仕事する平田謙次さんと浩子さん(福岡県糸島市)

 福岡県糸島市で昨年、イチゴをつくり始めた平田謙次さんは就農する前、いわゆる「転勤族」だった。「銀行に勤めていたときは2、3年ごとに転勤になりました。子どもが学校に慣れたと思ったら、また転勤です。これからは、ずっと糸島にいようと思います」。平田さんは晴れ晴れとした表情でそう語る。

 今回は新しいタイプの農業経営を紹介するのが目的ではない。農業を中心とする昔ながらの暮らしが充足したとき、おそらくは普遍的に持つであろう価値がテーマだ。例えば、平田さんは就農前に80歳代の老夫婦のもとで栽培を学んだが、奥さんは平田さんにこう話したという。「この年まで農業をやって来て思うけど、世界旅行に行くより、イチゴをつくっていたいよ」。

 「ずしっと来ました」。平田さんの感想だ。

なぜイチゴなのか

 13年間勤めた山口銀行を平田さんがやめたのが2014年10月。銀行では法人向け融資を担当し、さまざまな経営者に会うなかで、自分も事業をやりたいという気持ちが高まった。「彼らはサラリーマンとはぜんぜん違う。責任が重くて厳しいけど、やりがいのある世界に生きているんです」。

 脱サラし、起業する際に農業を選んだ理由のひとつに、平田さんの実家が兼業農家で、農業が身近な仕事だったということがある。ただし、実家でつくっているのはコメと野菜。ではなぜイチゴを選んだのか。その点を解説してくれたのは、妻の浩子さんだ。「子どもを連れてよくイチゴ狩りに行きました。人に喜ばれる仕事だと思ったんです」。

 作物が決まれば、つぎはどこで就農するかだ。西日本でイチゴの一大産地と言えば、「あまおう」で全国的にも知られる福岡県だろう。平田さんは50人ほどのイチゴ農家を飛び込みで訪ね歩いた。農家の仕事について話を聞き、農地を借りることができる場所を探すなかで、2人は銀行勤めのときとはまったく違う暮らしをたぐり寄せていった。

 自分のプロフィルに加え、「農地を探しています」と書いたA4の紙を配って歩くうち、糸島市の農業委員会の関係者から「たしか小学校の横に空き家があったよ」と紹介され、運良くそこを借りることができた。2人には8歳と5歳の男の子がおり、上の子はとなりの小学校に入ることになった。つぎに車で1、2分の場所に下の子を入れる保育所をみつけると、なんと小道をはさんだ目の前にイチゴハウスがあった。

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「ふり向けば我が子が手を振る「農の幸せ」」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師