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日本農業は20年前のオランダに追いつけたのか?

「勘と経験」を乗り越えるときが来た

2017年6月16日(金)

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 オランダに学べ――。日本の農業の未来を語るとき、ずっと言われてきた決めゼリフだ。では、オランダの農業は本当に日本より進んでいるのか。先を行っているなら、その理由は何なのか。

 オランダの農業についての解説はたくさんある。だが、実地で学び、それを日本で実践してきた経験のある人はそう多くはない。必要なのは、「先進的なオランダの農業」というイメージを膨らませることではなく、等身大の姿を知って、日本に活かすことだろう。

 その第一人者にインタビューした。施設園芸のコンサルティングを手がける久枝和昇氏だ。久枝氏の経歴は、トマトの生産で日本の先端を行くカゴメの農業参入の歩みと重なる。今回は、そのスタートから説き起こしたい。

井関農機、カゴメ、オランダ

大学時代から一貫して最先端の施設園芸に関わってきましたね。

久枝:大学院を出たあと、井関農機に入社し、農業用の施設を設計する部署で働きました。井関農機にいたのは1年間です。そのあと、カゴメのトマト施設の立ち上げに携わりました。

 たまたま休みに実家のある広島の世羅町に帰ったとき、役場の人から「カゴメと一緒にトマト温室を造るから、来ないか」と誘われました。世羅町は革新的な農業事業で知られている町で、以前、見学に行ったとき、「植物工場のようなものをやってみたい」と話したのを、覚えていてくれたんです。

井関農機とカゴメのトマト施設は関連がありましたね。

久枝:カゴメはまず1999年に茨城県の1.2ヘクタールの施設でトマトの生産を始めました。私が立ち上げに参加した世羅菜園は2カ所目です。

日本の施設園芸の技術向上に取り組んできた久枝和昇氏(安倍晋三首相も訪ねたオランダのパプリカ農場で)

 当時、1ヘクタール前後の施設の多くは、井関農機が建てたものでした。栽培技術も指導していました。もともとオランダのような大規模な養液栽培施設を日本に持ち込んだのは、井関農機なんです。私がいたのもその部署です。

 カゴメの最初のトマト施設は茨城ですが、その前に0.2ヘクタール程度の研究施設を造りました。それを指導したのも、井関農機です。そのノウハウをもとに、オランダのコンサルタントからも学び、茨城で始めたんです。

 でも事業の面から考えると、茨城でやっていた1ヘクタールでは難しいということがわかってきました。事業の最適規模は3ヘクタールです。だから、世羅菜園は3ヘクタールでスタートしました。その後、5.5ヘクタール増設し、8.5ヘクタールになりました。

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「日本農業は20年前のオランダに追いつけたのか?」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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手嶋 龍一 作家・ジャーナリスト