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「身の丈に合った農業がしたいのさ」

拡大を止めるという決断

2015年6月26日(金)

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 「はじめは水平線に広がる黒い雲のように見えた」。仙台イーストカントリー代表の佐々木均さんは、「3・11」のことをそうふり返る。その直前、一帯はかつて経験したことのない激しい揺れに襲われていた。何が起きつつあるのかわかったのは、「黒い雲」に押され、遠くで家が流されるのを見た瞬間だ。

 「津波だ。逃げろ」。家族にそう叫ぶと、車で西へ走り、難を逃れた。だが農機具は無事ではなかった。津波が引いてから戻ると、田んぼは海水につかり、トラクターなど5000万円分の機械が流されていた。津波をかぶったあとは、いまも家の塀に生々しく残っている。

震災直後、田んぼはがれきの山だった(2011年4月撮影)

 そもそも農業経営は厳しい。そこに震災が重なったことで、農業をあきらめた生産者も少なくない。だが佐々木さんは、営農を再開する道を選んだ。いま経営はどうなっているのか。国がコメの生産上限を決める生産調整(減反)の廃止が2018年に迫るなか、先行きをどう展望しているのか――。4年ぶりに佐々木さんを訪ねた。

震災から4年、これからの準備を

いま経営面積はどれくらいですか。

 「主食のコメと飼料米、大豆などを合わせると、約72ヘクタール。震災前は68~70ヘクタールで、去年はそれと同じくらい。今年はもう少し増えた」

震災前を上回ったわけですね。

津波のあとが塀にうっすら残っている

 「いや、経営的にみれば震災前が一番よかったよ。震災のあと、いろんな政策の応援を受けて、やっとこれからっていうときに農業政策が変わってしまった。とくに去年、米価が大きく下がったことが大きい。経営的に合う面積が、想定していたものと違ってきてしまった」

 「面積が増えたのは、海に近い東部地域の田んぼの整備が終わったので、仙台市からまとめて作付けをさせてもらったからだ。以前の区画は平均で0.3ヘクタールだったが、ここは0.9ヘクタールから1ヘクタールに広がった。このほかに友人から頼まれ、仕方なく引き受けた田んぼもある」

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「「身の丈に合った農業がしたいのさ」」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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