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拡大路線は「シャイな自分でも営業できた」から

もう農業は立派なベンチャーだ

2015年7月3日(金)

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 オレに農地を貸してくれ――。新規就農の窓口、東京都農業会議の松沢龍人さんは、その青年と初めて会ったときのことを話すとき、とてもうれしそうな顔をする。出会いは、2012年10月、東京・池袋のサンシャインシティで開かれた就農フェアにさかのぼる。

 松沢さんは、東京で新たに農業を始めた人たちのグループ「東京ネオファーマーズ」の仕掛け人だ。就農フェアへの参加は、松沢さんの仕事の一環とも言えるが、その日は「初心を忘れるな」と呼びかけ、ネオファーマーズのメンバーを引き連れてブースを出した。

まずは店舗、つぎに農地

 会場は、有望な若者を確保したい農業法人や自治体のブースがびっしり並び、就農希望者でごった返していた。「面白そうなのがいます」。そのうち、松沢のもとへメンバーがひとりの青年を連れてきた。それが中村光輝さんだった。

「もう41歳。もっと勝負したい」と話す中村光輝さん(東京都瑞穂町の栽培ハウス)

 松沢さんの目を引いたのは、中村さんが配っていたビラだ。「山梨の農場で研修しました」「所沢で花屋を開いています」「花卉(かき)を育てる施設を開きたい」「地域に貢献します」「農地を貸してくれる人の情報を求めています」。

 一見、ふつうにみえるこのビラに、中村さんの信念が込められていた。もう何年も前から、「農地を借りたい」と自治体を訪ね歩いていた。だが、反応は「花は安くて大変だ」「売り先はあるのか」といったものばかりだった。

 「ならば」ということで、中村さんはまず花屋を開き、自ら販路をつくった。市場で買いつけた花を売り、販売を軌道に乗せた。こうなると、相談相手から「売り先はどうする」と心配してもらう必要はない。満を持して踏み出したつぎのステップが、農地の確保だった。

 松沢さんと出会ったことで、中村さんの運命は一気に転回した。いまは所沢の店舗とECサイトという2つの販路を運営する一方、生産は東京都瑞穂町でハウスを増設しながら拡大をにらむ。脱サラから10年、小さいころから夢見てきた花の栽培と販売を仕事にした中村さんに話を聞いた。

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「拡大路線は「シャイな自分でも営業できた」から」の著者

吉田 忠則

吉田 忠則(よしだ・ただのり)

日本経済新聞社編集委員

1989年京大卒、同年日本経済新聞社入社。流通、農政、行政改革、保険会社、中国経済などの取材を経て2007年より現職。2003年に「生保予定利率下げ問題」の一連の報道で新聞協会賞受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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