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売血・売春…行き場なくす中国の「下層の人間」

北京の貧困地域を歩く(上)

2018年2月15日(木)

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北京朝陽区の農民工居住地域にあった売血の張り紙。400mlで700〜1000元(1元=約17円)

 儲け損なった話をたくさん持っている中国大連出身の老人がいた。

 1990年代には香港の老人福祉施設に住むようになっていた彼の収入の大半は香港政府からの雀の涙程度の生活保護。週に1、2回は太極拳の個人レッスンをしていたようだが、これも小遣い程度にしかならない。だから彼はいつも素寒貧で、冷凍餃子とバナナばかり食べるような生活を送っていたのだが、10年に一度ぐらいの割合で日本円で数百万から1000万円単位のカネが転がり込んでくるというような運を持っていた。

 ただ、例えば借金をしても、小金が貯まると全額返済するにはまだ足らないからと、現金を握りしめてホバークラフトで海を渡ってマカオに行き、帰りの船代だけを残して全額賭け、当然のように一文無しになって香港に戻ってくるというような人だった。仕事もその調子だったようで、金が入ると儲け話に全額張り込み、やはりこれも当然のように失敗する。

 ところが、それを特に悔やむでもなく飄々とまたバナナと水餃子の生活に戻る彼の執着のなさから来るある種の清潔さに惹かれ、そして何より、波乱に満ちた人生を生き抜いてきた老人の人生に敬意を抱き、儲け損なった話を肴に飲もうと彼を食事や酒に誘う友人が大勢いて、私もその1人だった。

追われた「ネズミ」と「農民工」の行く先

 さて、儲け損なった話の中で彼のお気に入りは、日本のある新興宗教の教祖から事業資金としてもらった1000万円で、ネズミ退治機の日本を除く全世界における独占販売権を買い、それを香港植民地支配の象徴である英国系の財閥ジャーディン・マセソンに売りに行ったという話だった。何でもそれは画期的な発明で、ネズミの嫌がる超音波を発し、建物に住み着くネズミを根こそぎ追い出し、しかも外のネズミも寄りつかないのだという。

 不動産開発と物流業を営み、香港中に管理すべき住宅、店舗、倉庫を抱えていたジャーディンは、自分たち自身がネズミに悩まされることもなくなるし、香港中の建物に仕掛ければ大儲けできると、一時は彼から販売代理権を買い取ってもいいという話になった。

 ただ、最終的にこの商談は破談になる。

 「追い出すってことは、ネズミは死なないわけですよね? 最終的にネズミの大群はどこに行くんですか?」

 相手にこう尋ねられ、ネズミを追い払いさえすればそれでおしまいとしか考えていなかった彼は、とっさに香港島の地図を思い浮かべた上で、

「海ですね」

 と答えた。

 「そこで話は終わりよ。1000万円がパーね」と老人は話した。「だって、ジャーディンのせいで香港の海岸線がネズミだらけになったら、大変なことになるじゃない。追い出すだけではダメなんだ。行き先まで考えてやらないと」

今まで誰も描くことのなかった中国版ヒルビリー・エレジー
3億人の中国農民工 食いつめものブルース

この連載「中国生活「モノ」がたり~速写中国制造」が『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』として単行本になりました。各界の著名人からレビューをいただきました。

●私はこの例外的に「間合いの近い」取材方法を成り立たせるために著者が費やした時間と労力を多とする。長い時間をかけて、息づかいが感じられるほど取材対象の間近に迫るというスタイルは現代ジャーナリズムが失いかけているものである。
(哲学者 内田樹氏によるレビュー「感情の出費を節約する中国貧困層のリアリズム」より)

●「ブルース」という単語に何とも(やや古びた)哀愁があり、そしてカバーの写真の農民工の写真には、記念写真では決して撮れない、私自身が感情移入して泣いてしまいそうなリアリティがある。
(中国問題の研究家 遠藤誉氏によるレビュー「執念の定点観測で切り取った、中国農民工の心?」より)

●だが、最近の日本のソーシャルメディアでは、「親の時代はラッキーだった」、「親の世代より、子の世代のほうが悪くなる」といった悲観的な意見が目立つ。中国においても、農民工の楽観性や忍耐がそろそろ尽きようとしているようだ。
(米国在住のエッセイスト 渡辺由佳里氏によるレビュー「繁栄に取り残される中国の『ヒルビリー』とは?」より)

●同書で描かれるのは、時代と国家に翻弄される個人たちだ。歴史的背景や、共産党政権の独自性うんぬんといった衒学的な解説はさておき、目の前で苦悶している、もっと距離の近い苦痛の言葉だ。
(調達・購買コンサルタント/講演家 坂口孝則氏によるレビュー「年収3万の農民に未婚の母、中国貧民の向かう先」より)

コメント6件コメント/レビュー

習近平政権がいくら「農民を敵に回すと怖いことを知っている」としても、体制としての共産国家は人民から収奪しなければ体制を維持できないのだから、結果的には人民を敵に回すことになる。

民主国家は「政府が借金をしてでも人民にはできるだけ借金をさせない」という仕組みが内在されている。その仕組みを回すのが“選挙”である。

選挙がない共産国家は「政府が借金をせず、すべて人民にツケを回す」仕組みになっている。
またそうでなければ、南シナ海を埋め立てて自国領土を増やすなどという冒険主義はできない。
そしてそうした冒険主義によってでも権威を示すことが存在の条件になっているのだから、あとは延々と繰り返すだけになる。

その結果、中国は数千年にわたって、易姓革命という名のスクラップ&ビルドを繰り返してきた。(2018/02/15 19:10)

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「売血・売春…行き場なくす中国の「下層の人間」」の著者

山田 泰司

山田 泰司(やまだ・やすじ)

著述業/EMSOne編集長

1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年の上海在住後は、中国国営雑誌「美化生活」編集記者、月刊誌「CHAI」編集長などを経てフリーに。2010年からは、「EMSOne」編集長も務める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

習近平政権がいくら「農民を敵に回すと怖いことを知っている」としても、体制としての共産国家は人民から収奪しなければ体制を維持できないのだから、結果的には人民を敵に回すことになる。

民主国家は「政府が借金をしてでも人民にはできるだけ借金をさせない」という仕組みが内在されている。その仕組みを回すのが“選挙”である。

選挙がない共産国家は「政府が借金をせず、すべて人民にツケを回す」仕組みになっている。
またそうでなければ、南シナ海を埋め立てて自国領土を増やすなどという冒険主義はできない。
そしてそうした冒険主義によってでも権威を示すことが存在の条件になっているのだから、あとは延々と繰り返すだけになる。

その結果、中国は数千年にわたって、易姓革命という名のスクラップ&ビルドを繰り返してきた。(2018/02/15 19:10)

この貧困層の圧力を起爆剤として海外侵略を大規模に行うと思いますね.(2018/02/15 11:20)

『(ゆとりのある社会)を実現』と言いながら、2011年以降経済成長率は一桁になっても軍事予算だけは2桁成長を維持している。『人民の生活優先』とは言い難い。口先では耳障りの良い事を言い、何時になっても実現しないのは日本の安部政権と共通点が多い。安部政権は独裁では無いが、内容は独裁的。独裁政権の政権維持手法とはこういうものなのだろう。中国の戸籍制度は完全に差別用人型で日本のそれとは違うが、日本も戸籍制度を廃止して真の民主化に進むべきだ。この事は『夫婦別姓』よりもずっと重要だと思っている。戸籍制度廃止と並んで重要なのは、『個人主義の確率』だ。100人の会議で99人がある事項に賛成しても、残る一人が『長い物に巻かる』事を拒絶できる文化が日本には無い。『多数決』が唯一無二の民主主義だと思っている人が多いのだ。会社でも同じ。一人の天才がいても、99人の常識人が天才の能力を殺している。だから日本では突出した企業が生まれ難いのだ。『99人の常識人』が『一人の天才』に未来を託して協力する事が出来る様になれば、日本もまだ捨てたものではない。が、『古き伝統』にしがみついている様では、日本に未来はない。(2018/02/15 11:09)

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中西 宏明 日立製作所会長・経団連次期会長